採用するたびに人が辞めていく
「採用してもすぐに辞める。また求人を出す。また辞める」——この状況が続いている会社は多い。
求人媒体に毎年お金をかけ、採用担当者が面接を繰り返し、採用できても半年ほどで退職される。そのたびに残った社員が業務を抱え、職場が疲弊していく。
このループを止めるための出口は、実は「採用」にはない。
採用は穴の開いたバケツに水を注ぐ作業に似ている。穴を塞がない限り、どれだけ水を注いでも意味がない。中小企業の離職率問題の本質は、採用力ではなく定着率にある。
この記事では、なぜ中小企業で離職が繰り返されるのか、そして定着率を上げるために実際に何をすればいいかを解説する。
中小企業の離職率は大企業の2〜3倍
厚生労働省の中小企業白書に基づく調査によれば、新卒入社後3年以内の離職率は企業規模によって大きく異なる。
- 従業員5〜29人の企業: 49.6%
- 従業員30〜99人の企業: 40.6%
企業規模が大きくなるほどこの数値は下がる傾向にあり、大企業との差は20〜30ポイント程度ある。
従業員30人未満の規模では、採用した新卒の約半数が3年以内に辞める計算だ。中途採用も同様に、3年以内に約3割が離職するというデータがある。
これは「中小企業だから仕方ない」と片付けられる数字ではない。毎年の採用コスト・育成コストが積み上がり、組織に蓄積すべきノウハウが外に流れ続けることを意味する。
離職1件にかかる実際のコスト
1人が辞めると何がかかるか、順番に整理する。
採用コスト
求人媒体への掲載料(ハローワーク以外なら数万〜数十万円)、人材紹介を使えば内定者年収の25〜35%が手数料として発生する。年収350万円の人材なら87〜120万円が一度の採用で飛ぶ。
教育・育成コスト
入社後の業務習得期間は、業種にもよるが最低でも3〜6ヶ月はかかる。その間、教える側の社員の時間が削られる。即戦力にならない期間のロスも含めると、見えにくいが大きなコストだ。
業務の穴埋めコスト
退職から次の採用が決まるまで平均3〜6ヶ月かかる。その期間、業務は他の社員が抱える。残業が増え、既存社員の負担が上がり、連鎖退職のリスクも出てくる。
これらを合計すると、1人の離職で年収の0.5〜1倍程度のコストが発生すると言われている。月給30万円の社員なら、1件の離職で180〜360万円相当の損失が生まれる計算だ。
中小企業では毎年数人が辞めるケースも珍しくない。採用に毎年100〜200万円かけているとしても、実態としてはそれ以上の損失が積み上がっている。
「採用で解決しようとする」が問題を長期化させる
離職率が高い会社の多くは、課題を「採用力の不足」と誤認している。
- 求人媒体を変える
- 面接の手を増やす
- 給与水準を少し上げて採用する
これらは採用の改善であり、定着の改善ではない。採用できた人数は増えても、辞める人数も同じペースで増え続ける。
根本原因が定着にある限り、採用へのリソース投下は費用を増やすだけで結果が変わらない。
なぜ中小企業で人が辞めるのか
退職理由は本人が言う表向きの理由と、実際の理由が異なることが多い。退職面談で「一身上の都合」と言われても、それが本当の理由であることはほとんどない。
厚生労働省の雇用動向調査や各種調査をもとに、中小企業の離職理由の上位を整理する。
1. 評価・待遇への不満
「頑張っているのに評価されない」「何をすれば給料が上がるか分からない」という状態が続くと、人は辞める。大企業と比べて賃金水準が低い点は事実として存在するが、それ以上に「評価の基準が見えない」ことが不満の核心になっている場合が多い。
経営者から見ると「頑張りは見えている」と感じていても、社員からすると「認められていない」という認識になっていることがある。評価が言語化・見える化されていない会社では、この認識ギャップが広がりやすい。
2. 人間関係・職場の雰囲気
上司・同僚との関係が合わない、言いたいことが言えない、相談できる人がいない。こうした職場環境の問題は、特に少人数の中小企業では逃げ場がなく、辞める判断につながりやすい。
問題のある上司が1人いるだけで、その部署の離職率が跳ね上がるケースは現場でよく起きている。人間関係の問題は「個人間の問題」として放置されがちだが、組織のコストとして見ると非常に高くつく。
3. 将来性・成長機会への不安
「この会社にいて自分はどう成長できるか分からない」「5年後も同じ仕事をしているのではないか」という漠然とした不安が、特に20〜30代の転職を後押しする。
中小企業では異動や昇格のチャンスが限られるため、「成長の天井が見える」と感じてしまいやすい。経営者側が「ここで頑張れば幹部になれる」と思っていても、それが社員に伝わっていないことが多い。
4. 業務量・労働時間の問題
社員が少ない中小企業では、1人あたりの業務負担が重くなりやすい。特に誰かが辞めた後の穴埋め期間が長引くと、残った社員が消耗する。「忙しすぎて休めない」状態が続くと、体力のある若い社員から先に辞めていく。
定着率を上げるための5つの施策
抽象的な施策を並べても動けない。優先順位と具体的な内容を整理する。
施策1: まず退職理由を把握する
定着率の改善は「なぜ辞めているか」を知ることから始まる。退職面談で「一身上の都合」以外の情報が取れていないなら、面談の設計を変える必要がある。
退職者が本音を話せる状況を作るには、直属の上司ではなく第三者(経営者本人や別部門の責任者)が面談することが有効だ。「なぜ辞めるか」だけでなく「何があったら残っていたか」を聞くと、定着に必要な情報が得やすい。
また、退職時だけでなく、在籍中の社員に定期的にアンケートを取ることも有効だ。匿名で回答できる形にすれば、表に出にくい不満が収集できる。
施策2: 評価基準を言語化する
「何をすれば評価されるか分からない」という状態は、仕組みの不備だ。複雑な人事評価制度を作る必要はないが、最低限「何が評価対象か」「どうなれば給与が上がるか」を言語化しておく必要がある。
シンプルな形として、役職ごとの期待行動・成果をA4一枚にまとめて共有するだけでも、社員の認識が変わることは多い。評価が見える化されることで、「頑張りが報われる」という実感につながる。
施策3: 日常的な「言える環境」を作る
問題を抱えた社員が辞める前に相談できる場があるかどうかが重要だ。定期的な1on1面談(上司と部下の個別面談)を月1回でも設けるだけで、不満が退職につながる前に対処できるケースが増える。
1on1では業務の進捗よりも「今どんな状態か」「困っていることはないか」を聞く場として設計することが大切だ。報告ではなく対話の場として機能させることが目的になる。
上司が部下の状況を知らないまま退職を受けるケースは中小企業でよくある。1on1は離職の早期発見装置としても機能する。
施策4: 業務量の上限管理をする
1人が抱える業務量が適正かどうかを、経営者が把握できている会社は少ない。特に誰かが辞めた後の穴埋め期間に、誰かに偏った負担がかかっていても気づかないことがある。
月1回程度で社員ごとの業務量を把握する場を設け、「限界の前に言える」仕組みを作ることが必要だ。業務量が特定の人に集中している場合は、外注・ツール導入・業務の廃止を検討する。
バックオフィス業務の負担が重い場合は、オンラインアシスタントや業務代行サービスへの外注も選択肢になる。採用して業務を増やすより、現状の業務量を下げる方向が定着率改善に直結することは多い。
施策5: キャリアの見通しを示す
「ここにいると自分がどうなれるか」を社員が想像できるかどうかが、長期在籍を左右する。
全員にキャリアアップのチャンスを約束する必要はない。ただ、「この会社でどんなことを期待されているか」「どんな方向で成長できるか」を個別に話す機会を持つだけで、社員の見通しが変わる。
特に入社1〜2年目の社員は、将来の不安から辞めることが多い。この時期に「この会社での役割と将来像」を伝えることが、3年以内離職率を下げる上で効果が大きい。
「採用を止める」のではなく「定着に先に投資する」
中小企業が離職率を下げるために必要な考え方は、採用活動をやめることではない。採用と並行して、定着のための仕組みに投資することだ。
採用にかけているコストの一部を、評価制度の整備・1on1の仕組み作り・業務量の適正化に回すだけで、3年後の人員構成は大きく変わる。
「採用できた人数」ではなく「何年後に何人が残っているか」を成果の指標にすることが、定着経営への第一歩だ。
まとめ
- 中小企業(5〜29人規模)では新卒の約半数が3年以内に離職する
- 1人が辞めると採用・育成・業務穴埋めで年収の0.5〜1倍のコストが発生する
- 採用への投資だけでは離職のループは止まらない
- 退職理由の把握・評価基準の言語化・1on1・業務量管理・キャリア提示が定着率改善の基本施策
- 採用コストの一部を定着への仕組みに移すことが長期的に合理的
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