介護業界の人材不足は、構造的な問題になっている。
厚生労働省の職業別求人統計では、介護職員の有効求人倍率は長期にわたって高水準が続いており、求人を出しても応募が集まりにくい状況が常態化している。「採用で解決する」という方針では、現場を維持し続けることが難しくなってきた。
そこで多くの介護事業所が注目しているのが「業務効率化」だ。しかし「ICT化しましょう」と言われても、何から手をつければいいのかが分からないまま時間だけが過ぎるケースも多い。
この記事では、介護事業所の業務の中で特に時間と手間がかかっている「記録業務」と「シフト管理」の2つに絞り、具体的な改善方法と費用の目安を解説する。
介護事業所の業務効率化で優先すべき2つの領域
業務改善は優先順位が重要だ。あれもこれもと一度に取り組むと現場が混乱して続かない。
介護事業所の業務の中で、特に負担が大きく、改善の効果が出やすいのは次の2つだ。
1. 介護記録(ケア記録)
1日に複数の利用者に対してケアの記録を書き、申し送りに反映させ、必要に応じてケアプランにも転記する。紙運用の事業所では、記録業務にスタッフ1人あたり1時間以上を費やしていることも珍しくない。転記の繰り返しと、書類の山が現場の負担を大きくしている。
2. シフト管理
介護は24時間365日の提供が基本で、資格要件や最低配置基準を守りながらシフトを組む必要がある。スタッフの希望収集から調整・変更対応まで含めると、管理者が毎月数時間から十数時間をシフト作成だけに費やしている事業所は少なくない。
この2つを改善するだけでも、管理者とスタッフ双方の負担は大きく変わる。
記録業務の効率化
現状:紙の記録が現場を重くしている
紙に記録を書いて、申し送り帳に転記して、月末にレセプト請求の根拠資料としてまとめる——このプロセスが、介護事業所の記録業務を重くしている要因だ。
記録を書くこと自体にも時間がかかるが、「一度書いた情報を別の書類に改めて転記する」という二重作業が特に非効率だ。ケア記録・計画書・加算算定書類をそれぞれ別管理していると、転記漏れや書き間違いのリスクも高くなる。
解決策:クラウド型介護ソフトへの移行
クラウド型の介護ソフトを導入すると、一度入力した情報が記録・計画書・請求データへ自動連携される。スタッフはタブレットやスマートフォンを使ってその場で記録でき、申し送り帳への転記も不要になる。
主要な介護ソフトと費用の目安:
| サービス名 | 費用の目安 | 特徴 |
|---|---|---|
| ケア樹 | 初期費用0円、月額別途 | 記録・計画書・請求が一体型のクラウドソフト |
| カイポケ | 月額数万円〜(規模による) | 業界シェアが高く、導入実績とサポートが手厚い |
| トリケアトプス | 220円/人〜(従量課金) | 利用人数に応じた課金で小規模事業所に向いている |
費用は事業所の規模や利用する機能の範囲によって変わる。まず無料トライアルで操作感を確認してから判断するのが現実的だ。
2024年介護報酬改定:ICT化で加算が取れるようになった
2024年の介護報酬改定で「生産性向上推進体制加算」が新設された。ICTを活用した業務改善に取り組む事業所に対し、毎月一定の加算単位が認められる仕組みで、施設系・居宅系ともに対象となっている。
加算の区分に応じて月10単位または100単位が算定できる。利用者の多い施設であれば、この加算だけで月数万円の収入増になる場合もある。
ICT化は「導入コストがかかる投資」という面だけでなく、「要件を満たせば毎月の収入が増える取り組み」でもある。導入を検討するなら、加算の算定要件を事前に確認した上で動くと合理的だ。
シフト管理の効率化
現状:介護施設のシフト管理が特に複雑な理由
介護施設のシフト管理は、他の業種より難易度が高い。理由は主に3つある。
- 24時間365日の配置が必要(日勤・夜勤・早出・遅出など多様なシフトパターン)
- 資格要件・配置基準がある(夜勤帯に介護職員を何人以上配置するかなど、法的な縛りがある)
- スタッフの勤務条件が多様(フルタイム・パート・夜勤専従・育児制限など、個人差が大きい)
これらの条件を手作業で整合させながらシフトを作ると、管理者はシフト確定までに1〜2週間かかることもある。さらに、スタッフからの変更依頼や急な体調不良への対応が加わると、そのたびに全体を見直す作業が発生する。
解決策:シフト管理ツールの導入
シフト管理ツールを導入すると、スタッフが自分のスマートフォンから希望シフトを入力し、管理者は確認・確定するだけの流れになる。やり取りの往復が減り、シフト確定までの時間が大幅に短縮できる。
介護施設向けのシフト管理ツールには、資格要件や配置基準を条件として登録できる機能を備えているものが多く、ルール違反になるシフトをシステムが自動的に検知して通知する機能もある。
主要なシフト管理ツールの費用目安:
| サービス名 | 費用の目安 | 特徴 |
|---|---|---|
| ShiftMAX | 月額30,000円〜 | 介護・医療に特化したシフト自動作成システム |
| おまかせシフトちゃん | 月額3,000円〜 | 介護施設向けで小規模事業所にも対応 |
| Shiftee | 月額500円/人〜 | 汎用型だが介護でも導入実績あり |
規模の大きい施設には専用ツールが適しているが、10〜20人程度の小規模事業所であれば、まず「スタッフの希望収集をLINEグループから専用アプリに移す」だけでも、管理者の作業時間を大きく削減できる。
補助金を活用すると導入コストが下がる
介護事業所がICT化に踏み出せない理由のひとつが初期費用の問題だ。しかし、介護分野には使いやすい補助制度が複数ある。
介護テクノロジー導入支援事業(補助率最大3/4)
都道府県が実施する補助制度で、介護ロボットやICT機器の導入費用を最大補助率3/4で支援する制度だ。令和7年度からはロボットとICTをパッケージで申請する形に統合され、最大1,000万円が補助対象となった。
介護ソフトやシフト管理ツールの導入費もICT経費として対象になる場合が多い。事業所の所在する都道府県の介護保険担当窓口か、都道府県介護保険施設等協議会に確認すると申請可否が分かる。
IT導入補助金(令和8年度:デジタル化・AI導入補助金)
中小企業・小規模事業者が対象のIT導入補助金は、2026年度より「デジタル化・AI導入補助金」に名称変更された。介護事業所も中小企業として対象になる。補助率は導入費用の1/2以内で、通常枠の上限は150万円。
補助金申請は手続きが煩雑なため、商工会・商工会議所の窓口で申請サポートを受けられる場合がある。一人で抱え込まず、まず窓口に相談することを勧める。
何から始めるか
業務効率化は「全部を同時に進めよう」とすると現場が疲弊して止まる。次の順番で進めると、抵抗が少なく定着しやすい。
ステップ1: 今いちばん時間がかかっている業務を1つ特定する
管理者・スタッフそれぞれに「毎日の仕事の中でいちばん無駄を感じる作業は何か」を確認する。記録業務とシフト管理はたいていここに挙がってくる。
ステップ2: 小さい変化から始める
一気にシステムを入れ替えようとしない。まず「希望シフトの収集だけ専用アプリに移す」「記録の一部だけタブレットに移行する」という小さい変化から始めると、現場への負担が小さく定着しやすい。
ステップ3: 費用のかかるツールは補助金の対象確認後に選ぶ
10万円を超えるシステム導入を検討している場合は、補助金申請と並行して動くことで、実質負担を1/4〜1/2に抑えられる場合がある。補助金の要件を確認してから製品を選ぶと、申請に通りやすい選択ができる。
まとめ
介護事業所の業務効率化は、「全業務を一度にDX化する」ことが目標ではない。
現場が今いちばん苦労している「記録業務」と「シフト管理」の2つを改善するだけで、管理者とスタッフの負担は大きく変わる。クラウド介護ソフトとシフト管理ツールの導入は、小規模事業所でも月数千円〜数万円の範囲で始められ、補助制度を活用すれば実質負担をさらに抑えられる。
2024年の報酬改定で「ICT化すると加算が取れる」制度に変わっているため、導入を先送りにするほど機会損失になる面もある。
まず「今月、スタッフが最も時間を取られている作業はどれか」を確認するところから始めてほしい。