「就業規則は10年以上前に作ったが、内容を誰も確認していない」「社員から育休を申し出られて、規程がどこにあるか分からなくなった」という話は、従業員5〜50人規模の会社ではよく聞く。
社内規程の整備は後回しにしがちだが、問題が起きてから動くと費用も時間も余分にかかる。また、2025年に育児・介護休業法の改正が段階的に施行されており、既存の規程があっても内容が最新かどうかを確認していない会社は意外と多い。
この記事では、中小企業が最低限整備すべき規程の種類・優先順位と、自作・社労士依頼・コンサル依頼それぞれの費用相場を具体的に解説する。
社内規程と就業規則の違い(まず整理しておく)
混同されやすいので最初に整理しておく。
就業規則は、労働時間・賃金・休暇・服務規律などの労働条件を定めた規程。常時10人以上の社員を雇用している会社は、就業規則を作成して労働基準監督署に届け出る法的義務がある(労働基準法89条)。
社内規程は、就業規則を含む会社内のルール全体を指す広い概念。経費精算のルール・情報セキュリティのルール・ハラスメント対応の手順など、就業規則以外にも会社運営で必要なさまざまな文書が含まれる。
ここで重要なのは「何が法的義務で、何は任意か」を把握することだ。これを整理しないまま手を付けると、優先度の低い規程の作成に時間を使って、本当に必要なものが後回しになる。
就業規則の作り方と費用の詳細は、中小企業の就業規則の作り方|費用を抑えて整備する3つの方法でも解説している。
中小企業が最低限整備すべき規程の優先順位
全部を一度に整備しようとすると動けなくなる。以下の3グループで優先順位を決めて着手する。
第1グループ:法的義務または法的リスクが高いもの(最優先)
| 規程名 | 義務の根拠 | 対象 |
|---|---|---|
| 就業規則 | 労働基準法89条 | 常時10人以上の従業員がいる会社 |
| 賃金規程(就業規則の別規程) | 就業規則と一体で整備 | 給与・手当の計算根拠の明確化 |
| 育児・介護休業規程 | 育児・介護休業法 | 全規模の会社(2025年改正あり) |
| ハラスメント防止規程 | 労働施策総合推進法 | 全規模の会社に防止措置義務 |
これら4つは従業員規模に関わらず対応が必要なものばかりだ。特に育児・介護休業規程は、2025年4月と2025年10月に改正が段階的に施行されているため、既存の規程があっても内容が最新かを確認する必要がある。「昔作ったから大丈夫」という判断は危険だ。
第2グループ:会社を守るために早めに整備したいもの
| 規程名 | 必要になるタイミング | 優先度 |
|---|---|---|
| 個人情報管理規程 | 顧客・社員の個人情報を扱う場合 | 高 |
| 情報セキュリティ規程 | クラウド利用・テレワーク導入時 | 高 |
| 秘密保持・競業避止ルール | 社員の退職時トラブルを防ぐ | 中〜高 |
| 文書管理規程 | 契約書・帳簿の保管・廃棄ルール | 中 |
2022年に個人情報保護法が改正され、漏洩時の監督機関への報告と本人への通知が義務化されている。「規程がありませんでした」は通らない。特に顧客データを扱う業種は早めに整備しておく。
秘密保持については就業規則の服務規律に盛り込むケースもあるが、独立した規程として整備すると退職時トラブルの際に証拠として機能しやすい。
第3グループ:業務効率のために整備するもの
| 規程名 | 目的 |
|---|---|
| 出張旅費規程 | 交通費・宿泊費の精算ルールを統一する |
| 慶弔見舞金規程 | 慶弔時の対応基準を明文化する |
| 稟議・決裁規程 | 承認が必要な金額と手順を明確にする |
| テレワーク規程 | 在宅勤務の条件・費用負担を定める |
これらは法的義務ではないが、「そのたびに経営者が個別判断する」状態が続くと判断コストが積み上がる。ルールを文書化することで意思決定を仕組みに変えられる。
3つの整備方法と費用の詳細比較
競合サービスや大手コンサルのサイトを見ると、費用が書かれていないページが多い。実際の相場感を整理する。
| 方法 | 費用目安 | 向いているケース |
|---|---|---|
| テンプレートで自作 | ほぼ0円(担当者の時間コストのみ) | 第3グループの規程、社内ルールの文書化 |
| 社労士に依頼(新規作成) | 10〜50万円(規模による) | 就業規則・賃金規程・育介休規程 |
| 社労士に依頼(見直し・改訂) | 5〜20万円 | 既存規程の法改正対応・内容更新 |
| 行政書士・コンサルに依頼(単体) | 5〜20万円 | 労務以外の規程を個別整備 |
| 行政書士・コンサルに依頼(パッケージ) | 30万円以上 | 複数規程を一括整備したい場合 |
方法1:テンプレートを使って自作する
厚生労働省・IPA(情報処理推進機構)・社労士事務所などが、WordやExcel形式の無料テンプレートを公開している。特にIPAは中小企業向けの情報セキュリティ規程のひな形を無料で提供しており、実務で使いやすい内容だ。
ただし、テンプレートを無編集のまま使うのは危険だと思っている。自社の実態(業態・雇用形態・使っているクラウドサービス)に合わせて修正しないと、「規程はあるが現場で機能していない文書」になる。特に情報セキュリティ規程は、実際に使っているツール名を踏まえて記述しないと意味がない。
費用:ほぼ0円(担当者の作業時間のみ)
方法2:社労士に依頼する
就業規則・賃金規程・育児介護休業規程など、法的な正確性が求められる規程は社労士に依頼するのが実務的に確実だ。
費用相場:新規作成の場合
| 従業員規模 | 費用目安 |
|---|---|
| 10名未満 | 10〜30万円 |
| 10〜50名 | 20〜50万円 |
費用相場:既存規程の確認・改定のみ
- 5〜20万円(部分改訂の場合)
ネット上には「3.3万円から就業規則作成」という格安サービスも登場しており、テンプレート活用型の低コスト代行を選ぶ会社も増えている。ただし、格安サービスは自社の実態へのカスタマイズが限定的なケースが多く、2025年の法改正への対応漏れが起きやすい。費用だけで選ぶと後でやり直しが必要になることがある。
労基署への届出代行は別途1〜3万円かかるケースが多い。顧問社労士と月額1〜3万円で契約している場合は、顧問料の範囲内で対応してもらえることもある。まず現在の契約内容を確認する。
社労士に依頼するメリットは、労基署への届出代行・法改正の反映・社員説明時のフォローまでカバーしてもらえること。育児介護休業法のように毎年改正が入る分野は、顧問社労士に任せると都度対応コストが下がる。
方法3:行政書士またはコンサルに依頼する
個人情報管理規程・情報セキュリティ規程・文書管理規程など、労務以外の規程は行政書士やコンサルが対応する。
費用は内容と規程数によって異なり、単体の規程作成で5〜20万円程度、複数の規程をパッケージで依頼すると30万円以上になるケースもある。
僕の経験では「全部コンサルに依頼しなければいけない」というケースはほとんどない。個人情報管理規程や情報セキュリティ規程は、IPAなどの公的機関が出しているひな形を自社に合わせて編集すれば十分なことが多い。コンサルへの依頼は「自社で対応する時間がない」「複数規程を一括整備したい」という場合に限定した方が費用対効果は高い。
2025〜2026年の法改正で追加対応が必要な規程
法改正が多い時期に整備を始めた会社は特に注意が必要だ。
育児・介護休業法(2025年 段階的施行)
育児・介護休業法は2025年に段階的な改正施行が続いており、特に中小企業への影響が大きい点が複数ある。主な変更点:
- 介護と仕事の両立支援の強化(介護離職防止の観点から)
- 育児休業取得状況の公表義務の拡大
- 子の看護休暇の見直しと対象範囲の変更
既存の育児介護休業規程を持っている会社でも、2025年の改正に対応した更新が済んでいない場合がある。社労士と顧問契約しているなら、改正対応の確認を依頼しておくのが確実だ。
フリーランス保護新法(2024年11月施行)
副業・業務委託を活用している会社は、2024年11月に施行されたフリーランス保護法への対応も必要になる。業務委託先のフリーランスに対して、書面による契約内容の明示・ハラスメント防止体制の整備が求められる。社内規程の中に「業務委託に関するルール」を追加していない会社は確認が必要だ。
費用を抑えながら整備する実践的な進め方
「全部を社労士やコンサルに任せれば完璧」という考え方は費用対効果が悪いことが多い。業務効率化に特化したエンジニアとして複数の中小企業に関わってきた中で、コストを抑えながらうまく整備できた会社は以下のような切り分けをしている。
外注した方がいいもの(法的正確性が必要)
- 就業規則・賃金規程・育児介護休業規程 → 社労士に一括依頼
- 労基署への届出が必要なもの → 社労士に代行依頼
自作で十分なもの(ルールの文書化)
- 出張旅費規程・慶弔見舞金規程 → テンプレートで自社編集
- 情報セキュリティ規程 → IPAひな形を活用
- 稟議・決裁規程 → 自社のルールをそのまま記述
整備の進め方(5ステップ)
ステップ1:棚卸し
現在どんな規程が存在し、最終更新がいつかを一覧にする。規程名・最終更新日・届出の有無を確認する。「規程があるか分からない」という場合は、過去の書類を探すところから始める。
ステップ2:優先順位の決定
就業規則が未作成、または内容が古い場合(10年以上更新なしなど)はここから着手する。それ以外は第2グループから始める。
ステップ3:第1グループを社労士に依頼
就業規則・賃金規程・育介休規程は社労士に一括依頼するのが効率的だ。費用は従業員規模によって変わるため、まず見積もりを取る。
ステップ4:第2・3グループを自作
厚生労働省・IPAなどのひな形を活用し、自社の実態に合わせて編集する。作成した規程は社員が確認できる場所(共有フォルダ・Notion等)に保存する。
ステップ5:年1回の見直し習慣をつくる
法改正の影響を受けやすい育児介護休業法・個人情報保護法は毎年確認が必要だ。年末や新年度のタイミングで見直しをスケジュールに入れておく。
社内規程を放置した時に起きる現実のリスク
業務効率化に特化したエンジニアとして複数の中小企業に関わってきた中で、規程が古いまま放置された会社で実際に起きた問題を見てきた。
退職時のトラブル:秘密保持ルールを整備していない会社で、退職した社員が顧客情報を持ち出したケースがある。証拠として機能する規程がなかったため、法的対応が後手になった。「言葉での合意はあった」という状態では、退職後の争いには弱い。
育休取得時の混乱:育児介護休業規程が更新されていない会社で、社員から育休取得の相談を受けた際に取得可能期間・給与の扱い・復帰後の業務整理が後手になったケースがある。説明が遅れると社員の信頼に影響が出る。
情報漏洩後の対応遅れ:個人情報管理規程がなかった会社で顧客情報が外部に漏洩した際、「誰が何をすべきか」が決まっておらず初動対応が遅れた。2022年の法改正以降、漏洩時の報告義務が明確化されており、手順を文書化していないと対応が混乱する。
これらに共通しているのは「問題が起きるまで気づかなかった」という点だ。整備が遅れている会社の多くは「とりあえず今は問題が起きていない」という判断で動いていない。ただ、退職時トラブルの法的対応や情報漏洩後の対応コストは、社労士に規程整備を依頼するコスト(10〜50万円)を上回ることが多い。
「何から始めればいいか分からない」という場合は、まず社労士に就業規則の現状確認を依頼するのが一番コスパが良いと思っている。現状の問題点と対応すべき優先順位を整理してもらえ、その後の整備計画が立てやすくなる。
労務管理を外注することを検討する場合は、労務管理を丸ごと外注する方法|社労士・BPO・オンラインアシスタントを比較でオプションを整理している。
まとめ
中小企業の社内規程整備は、「全部やる」ではなく「優先順位を決めて着手する」が基本だ。
| 優先度 | 規程の種類 | 整備方法 | 費用目安 |
|---|---|---|---|
| 高 | 就業規則・賃金規程・育介休規程・ハラスメント防止 | 社労士に依頼 | 10〜50万円 |
| 中 | 個人情報管理規程・情報セキュリティ規程・秘密保持ルール | テンプレート自作(IPAひな形等) | ほぼ0円 |
| 低 | 出張旅費・慶弔・稟議規程 | テンプレート自作 | ほぼ0円 |
第1グループを社労士に一括依頼し、第2・3グループをテンプレート自作で対応するという切り分けが費用対効果の面で合理的だ。法的義務があるものは外注し、社内ルールの文書化は自社でやる、というシンプルな基準で動ける。
まずは「今ある規程の棚卸し → 就業規則の最新確認を社労士に相談 → 第2・3グループのテンプレート収集」の3ステップから始めるのが現実的だ。