「うちの経理担当は10年以上いる、信頼できる人間だ」
この言葉を聞くたびに、リスクを感じる。長年勤めていること自体は問題ではない。ただ、一人経理の体制では、担当者が善意で働いていたとしても、不正が起きやすい「環境」が整ってしまっている。
業務効率化に特化したエンジニアとして中小企業の業務体制に関わってきた経験から言うと、経理の不正リスクは「担当者の人柄」ではなく「チェックが入らない体制」から生まれるものだと実感している。信頼している担当者を疑うのではなく、「誰でも確認できる状態を作る」という発想で体制を設計することが、結果的に担当者を守り、会社も守る。
この記事では、一人経理で発生しやすい不正の構造・手口・発覚が遅れる理由・そして最低限の防止策を整理する。「うちは大丈夫」と思っている会社にこそ、読んでほしい内容だ。
なぜ一人経理は不正リスクが高いのか
不正が起きるかどうかは「担当者の性格」だけでは決まらない。不正が起きやすい「環境」が存在するかどうかの問題だ。
公認会計士や内部監査の分野では「不正のトライアングル」という考え方がある。不正が起きるには、次の3つの要素が揃いやすいと言われている。
| 要素 | 内容 | 一人経理との関係 |
|---|---|---|
| 機会 | 不正を実行できる状況がある | 入出金・帳簿・振込を一人が管理=チェックがない |
| 動機 | 不正をやりたい理由がある | 給与への不満・借金・長年の不公平感など |
| 正当化 | 「これくらいいい」と思える理由がある | 「自分だけが頑張っている」「少しくらいもらっていい」 |
3つが揃ったとき、不正は「やろうと思えばできる状態」になる。問題は、一人経理の体制では「機会」が常に存在する点だ。
入出金の管理・帳簿の記録・振込処理・銀行通帳の確認を全て一人が担っている場合、それをチェックする人間が社内にいない。担当者が正直に働いていれば問題は起きないが、何らかの動機と正当化が加わった瞬間に、外から見えない形で不正が始まる。
業務効率化エンジニアとして複数の中小企業と関わる中で、「経理は任せている」と言いながら実際には月次の試算表すら自分で確認していない経営者に多く出会ってきた。その状態が、不正の温床になりやすい。担当者を責める前に、「確認できる体制があったか」を問うべきだ。
一人経理で起きやすい5つの不正パターン
一人経理の体制では、業務の性質上、いくつかの不正パターンが起きやすい。代表的な5つを整理する。
パターン1:小口現金・経費精算の水増し
経費精算の承認ルールが曖昧で、担当者が承認権限も持っている場合に起きやすい。
主な手口:
- 領収書の金額を実際より高く申請する
- 存在しない領収書を計上する
- プライベートの出費を業務経費として申請する
少額からはじまり、発覚されないと分かると金額が増えていくケースが多い。数百円単位の水増しが積み重なり、年間で数十万〜数百万円規模になることもある。
なぜ発覚しにくいか:経費精算の承認と入力の両方を担当者が行っている場合、申請内容に疑問を持つ人間が社内にいない。
パターン2:インターネットバンキングの不正送金
インターネットバンキングのIDとパスワードを経理担当者のみが管理している場合に起きやすい。
主な手口:
- 少額の架空請求を作成し、自分や知人の口座に振込む
- 既存の支払いに「手数料」を上乗せして差額を抜く
- 月末・決算前の忙しい時期に、経営者が確認できない間に実行する
実際の不正事例として、製造業の経理担当者がインターネットバンキングを使って会社口座から3億円を超える金額を横領したケースが公表されている。少額・高頻度で繰り返すため、数年間発覚しなかった事例も複数ある。
なぜ発覚しにくいか:経営者が銀行明細を毎月確認していない、または担当者が明細の確認自体を担当しているため。
パターン3:売上代金の着服・帳簿操作
現金取引が多い業種(小売・飲食・サービス業)で起きやすい。
主な手口:
- 現金売上を帳簿に記録せず、差額を着服する
- 売上を実際より少なく記録する
- 返金処理を装って現金を抜く
なぜ発覚しにくいか:現金の受渡し・帳簿への記録・保管を同じ担当者が行っている場合、外部からは数字が合っているように見える。
パターン4:架空仕入れ・架空外注費の計上
取引先との契約関係を担当者が一手に管理している場合に起きやすい。
主な手口:
- 実在しない取引先への振込(自分が管理する別口座へ)
- 実際には発生していない外注費を計上する
- 知人の会社への架空発注を設定する
このパターンは帳簿上は「正常な取引」に見えるため、税務調査が入るまで発覚しないこともある。架空取引先の口座が担当者の知人・家族名義になっているケースが多い。
なぜ発覚しにくいか:経営者が発注先・外注費の明細を個別に確認していないと、数字が「合っている」ように見える。
パターン5:給与・賃金の不正操作
給与計算と振込を同じ担当者が行っている場合に起きやすい。
主な手口:
- 自分の給与を実際より多く計算・振込む
- 退職済みの社員に給与を振込み続ける(架空従業員)
- 交通費・残業代を実際より多く設定する
なぜ発覚しにくいか:給与明細は個人に配布されるが、全体の支払い総額を経営者が毎月確認していないと、個別の操作が見えない。
「信頼していたから」発覚が遅れる構造
経理不正の多くは、長期間発覚しない。理由の一つが「信頼関係」と「確認の省略」だ。
「あの人に限って」という感覚が、確認を怠る理由になる。経営者が銀行明細・試算表を毎月確認する習慣がない場合、担当者が不正を行っても数年間気づかないことがある。
発覚するのは主に次の4つのタイミングだ。
- 担当者が退職・異動したとき(後任者が数字の不整合を発見する)
- 税務調査が入ったとき(調査官が外部の視点でデータを確認する)
- 担当者が急病・事故で不在になったとき(他の人間が経理を触って発覚する)
- 金融機関から照会が来たとき(口座の動きに対して銀行側が確認を求める)
問題は、発覚した時点では被害が数百万〜数千万円規模になっているケースが少なくないことだ。10年を超える長期の不正では、億単位に達した事例も実際に公表されている。
僕が顧問先企業で見てきたケースでも、「10年以上勤めている担当者だから大丈夫」と思っていた会社で、担当者の退職後に数字の不整合が見つかったことがある。在籍期間が長ければ長いほど、「確認していなかった期間」が積み上がっていく。
経理の不正は「性善説で対応できる問題」ではなく、「チェック体制で設計すべき問題」だ。担当者を疑うのではなく、「誰でも確認できる状態を作る」という発想で体制を設計することが、担当者の負担も減らし、経営者の安心にもつながる。
自社の体制を確認する:一人経理のリスク診断
以下の項目で、いくつ当てはまるか確認してほしい。3つ以上当てはまる場合、不正が発生しやすい体制にある可能性が高い。
| 確認項目 | 内在するリスク |
|---|---|
| 振込操作と最終承認を同じ担当者が行っている | 不正振込が最も起きやすい体制 |
| 経営者が銀行明細を月次で直接確認していない | 不正送金が数年間気づかれないリスク |
| 経費精算の申請と承認が同じ担当者 | 水増し申請が通りやすい体制 |
| インターネットバンキングのパスワードを担当者しか知らない | 振込の独占管理が発生している |
| 外注費・仕入れの発注先を担当者だけが把握している | 架空仕入れが起きやすい状態 |
| 給与計算の数字を経営者が毎月確認していない | 給与操作に気づかれにくい |
| 現金売上の集計・記録を同じ担当者が行っている | 売上着服が起きやすい状態 |
これは担当者が悪意を持っているということではなく、「やろうと思えばできる状態」にあるということだ。この状態を放置することが、経営者としての最大のリスクになる。
不正リスクを下げるための5つの具体的な対策
完璧な内部統制を小さな会社が整えるのは現実的ではない。ただ、最低限の仕組みを入れるだけで不正リスクは大幅に下がる。重要度の高い順に5つまとめる。
対策1:振込の実行と最終承認を分離する
インターネットバンキングの振込処理は担当者が実行し、最終承認(承認ワンタイムパスワード)は経営者が行う仕組みにする。freee・マネーフォワードなどのクラウド会計ソフトには承認ワークフロー機能が標準搭載されている。設定費用は0円で対応できる。
「担当者が振込の準備はする、でも最後のボタンは自分では押せない」という体制にすることが重要だ。この1点だけで、インターネットバンキングを使った不正送金のリスクは大幅に下がる。
対策2:経営者が月次の銀行明細を直接確認する
毎月1回、経営者がインターネットバンキングにログインして入出金明細をスクロールする。担当者のレポートではなく、生データを直接見る。10分あれば完了する作業だ。
スマートフォンのアプリでも確認できる。経営者が定期的に数字に触れているという事実を担当者が知るだけで、抑止効果が生まれる。「見られている」という状況が、不正への心理的ハードルを上げる。
対策3:経費精算の承認フローを整える
担当者が自分の精算を自分で承認できる状態になっていないか確認する。経営者が最終承認するか、別の担当者がダブルチェックするフローに変更することで、水増し申請のリスクを大幅に下げられる。
申請ルール(何が認められて何が認められないか)を文書化しておくことも重要だ。ルールが明文化されていると、「これは経費として申請していいのか」という基準が担当者にも伝わる。
対策4:外部の目を定期的に入れる
税理士・社会保険労務士・経理代行会社など、社外の専門家が定期的に数字に触れる状態を作る。税理士が月次で試算表を確認していれば、不審な動きを早期に発見できる可能性が上がる。
外部から数字を確認されていることが、担当者にとっての心理的な抑止力にもなる。「社外の専門家が見ている」という事実は、内部管理と同等以上の効果を持つことがある。
対策5:担当者のバックアップ体制を整える
担当者が長期休暇・体調不良・退職した場合に誰も業務を見られない状態を放置しない。少なくとも「経営者が緊急時に最低限の経理業務を動かせる手順書」を持っておく。
一人経理の属人化が極端に進むと、担当者が「自分がいなければ会社は回らない」という意識を持ちやすくなる。この状態が長く続くと、不正が起きやすい心理的環境も整いやすい。属人化の解消については経理の属人化を30日で解消する方法|チェックリスト付きに具体的な手順をまとめているので参考にしてほしい。
経理外注・代行で不正リスクを構造的に下げる選択肢
一人経理の不正リスクを「体制で解決する」という発想の延長に、経理代行・外注という選択肢がある。経理業務の一部を外部に切り出すことで、「担当者一人が全てをコントロールできる」状態が物理的に崩れる。
| 体制パターン | 月額コスト目安 | 不正リスクへの効果 | 主な課題 |
|---|---|---|---|
| 現状維持(一人経理) | 給与20〜35万円 | 対策なしでは高リスク | 承認分離と月次確認を最低限入れる必要がある |
| 社内で2人体制に変更 | 給与が月15〜30万円追加 | 相互チェックで効果大 | 採用コスト・採用できないリスクあり |
| 経理代行・外注を活用 | 月3〜10万円 | 外部の目が入り効果大 | 業務の切り出し・初期整理が必要 |
| 税理士に月次業務を委託 | 月2〜5万円追加 | 外部確認で効果あり | 税理士の対応範囲を事前確認が必要 |
業務効率化エンジニアとして複数の顧問先で経理代行への切り替えをサポートしてきた経験から言うと、「担当者が辞めて困っているタイミング」か「担当者が10年以上変わっていないタイミング」が、体制を見直す現実的なきっかけになる。このタイミングを逃さずに外注化・体制整備をセットで進めることが、最もスムーズにいく。
外注化を検討する際に多い質問が「何から切り出せばいいか」だ。月次の記帳・試算表作成・給与計算はどの規模の会社でも外注しやすい業務だ。振込作業は経営者が承認する体制を維持しながら、記帳・集計・報告だけを外部に出す形が現実的だ。
経理代行の費用感については経理代行の費用を実例で公開|従業員規模別の月額料金まとめで詳しくまとめている。採用と外注のコスト比較は経理が採用できない中小企業の選択肢|採用コストvs外注コスト比較が参考になる。外注の具体的な手順は中小企業の経理を外注する手順|準備から導入まで完全ガイドを読んでほしい。
まとめ:不正リスクは「担当者の人柄」ではなく「体制」の問題だ
一人経理の不正リスクは、担当者が善意を持って働いていても構造的に発生しやすい問題だ。「機会・動機・正当化」の3要素が揃う環境を、意図せず作り出してしまっているケースが多い。
まず今日できることは、経営者自身が今月の銀行明細にログインして確認することだ。10分でできる作業だが、これをするだけで「経営者が数字を見ている」という事実が生まれ、抑止効果につながる。
次のステップとして、振込の承認分離・経費精算フローの見直し・外部専門家の定期的な関与を順番に整えていく。完璧な体制を一気に作ろうとすると動けなくなるので、まず1つだけ変える。それで十分だ。
「うちは問題ない」と思っている状態が最もリスクが高い。今の体制を一度だけ確認してほしい。
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経理の属人化解消や外注化については以下の記事も参考にしてほしい。