著者: 野原琉海(業務効率化に特化したエンジニア)
「うちの経理、一人でよく回っているよな」と思いながら、実は担当者が無理をしていたという中小企業を何社も見てきた。
問題は「一人経理が回っているかどうか」ではなく、「適正な業務量で回っているかどうか」だ。この2つは全く別の話で、前者は「限界を超えて無理をしながら動いている状態」も含む。担当者が辞めたとき、初めて「あのキャパオーバーだったんだな」と気づくパターンが最も多い。
この記事では、従業員数・業種別の業務量の目安と、限界サインのチェックリストを整理する。限界を超えた場合の対処法として外注・ツール・採用の比較もまとめた。
一人経理の業務量は「従業員数」だけでは決まらない
「何人まで一人経理で対応できるか」という質問をよく受けるが、従業員数だけで答えは出ない。
同じ従業員10人の会社でも、業種によって月次の仕訳件数は3〜5倍変わることがある。小売業・飲食業・EC事業者は現金取引・返品・仕入れなどで仕訳件数が多く、サービス業(コンサルティングやITなど)は取引件数が少ない。経理の業務量を決める要因は4つある。
月次の仕訳件数
経理の業務量を測る最も直接的な指標だ。freee・マネーフォワードなどのクラウド会計ソフトを使っていれば、月次の仕訳件数を数秒で確認できる。まず自社の月次仕訳件数を把握することが出発点になる。
給与体系の複雑さ
時給・日給・月給が混在していたり、残業計算や有給管理のルールが複雑な場合、給与計算だけで月5〜10時間を取られることがある。従業員が全員月給固定の会社と、時給スタッフが多い飲食店では、同じ人数でも給与計算の工数が2〜3倍変わる。
経費精算のルール整備度
精算申請のルールが曖昧だと、担当者と申請者の往復が発生する。「この領収書はどのプロジェクトの費用?」「交通費の上限は?」といった確認が月に何度も発生している会社は、ルールの整備不足が業務量を増やしている状態だ。ルールが整っている会社と比べて、同じ件数でも1.5〜2倍の作業時間がかかることがある。
現金取引の比率
クレジットカード・銀行振込だけの取引は、明細データを会計ソフトに読み込めばほぼ自動で仕訳できる。現金取引は都度の手入力が必要になる。日次で現金売上・現金仕入れが発生する業種は経理の手間が大幅に増える。
従業員数別の業務量の目安
バックオフィス部門の適正人数は「全従業員の5〜10%」が一般的な目安とされている。従業員30人なら1.5〜3人の計算だが、コスト圧力のある中小企業では1名で担っているケースが多い。業務量の観点から実態を整理すると以下のとおりだ。
| 従業員数 | 一人経理の適正性 | 月次仕訳件数の目安 | 注意事項 |
|---|---|---|---|
| 5人以下 | 問題ない | 月50〜100件 | クラウド会計ソフトだけで対応可能 |
| 6〜15人 | 概ね問題ない | 月100〜200件 | 業種・取引件数によっては限界に近い |
| 16〜30人 | 限界に近づく可能性あり | 月200〜400件 | 仕訳件数の確認が必要 |
| 31〜50人 | 一人では厳しい | 月400件超 | 外注か増員を検討する段階 |
| 51人以上 | 明らかに不足 | 月600件超 | 複数人体制が標準 |
この表の前提は「サービス業系(取引件数が少ない業種)」だ。飲食・小売・製造業はこの目安より1段階厳しくなる。
また、ここで言う「業務量」は日次・月次の定型業務の話だ。決算業務・税理士対応・補助金申請などが加わると、同じ仕訳件数でも繁忙期に大きな負荷がかかる。従業員数の目安に「+5人のバッファ」を持って考えるのが安全だ。
業種別に変わる「一人経理の限界ライン」
業種による差が一番大きいのが経理の業務量だ。同じ「従業員10人」でも、業種によって一人経理の限界ラインは全く違う。
| 業種 | 業務の特性 | 一人経理が回る従業員数目安 |
|---|---|---|
| コンサル・IT・士業 | 取引件数少・現金ほぼなし・請求が月次まとめ | 〜30人 |
| サービス業(一般) | 取引件数中程度・現金少なめ | 〜20人 |
| 建設・工務店 | 原価計算・下請け管理が複雑 | 〜15〜20人 |
| 小売業 | 現金取引多・返品・在庫が発生 | 〜10〜15人 |
| 製造業 | 原価計算・仕入れ・在庫が複雑 | 〜15人 |
| 飲食業 | 日次現金決済・仕入れが多い | 〜8〜10人 |
| EC事業者 | 決済・返品・送料・在庫が複雑 | 〜10〜15人 |
飲食業で従業員10人の会社から相談を受けたことがある。日次の現金売上の記録、食材仕入れの都度記録、スタッフ7名の時給計算を全て一人でやっていた。月次の仕訳件数を確認したら350件を超えており、月末は常に残業が続いていた。担当者は「これが普通だと思っていた」と言っていたが、そうではない。これは「適正な業務量」ではなく「限界を超えた状態」だ。
建設業・工務店は特に注意が必要なケースが多い。工事原価の管理(材料費・外注費・労務費の案件別集計)が加わると、一般的な仕訳件数よりも作業時間が大きくなる。仕訳件数が月150件でも、原価管理が複雑なら従業員20人でも一人経理は厳しい。
限界サインのチェックリスト(9項目)
以下の項目を確認してほしい。担当者への確認と、経営者自身の観察の両方で判定する。
業務の遅延・ミス(4項目)
- 月次試算表の完成が月末から2週間以上遅れることがある
- 請求書の発行・送付が締め日に間に合わないことがある
- 過去に振込や支払いのミスが発生したことがある
- 税理士からの質問に対して、担当者がすぐに回答できないケースが増えた
担当者の状態(3項目)
- 月末・決算前に恒常的な残業(週あたり10時間以上)が続いている
- 担当者が「仕事量が多い」「追いつかない」と口にするようになった
- 有給休暇の取得率が下がっている、または休暇中も連絡が来る
体制の脆弱性(2項目)
- 担当者が1日でも休むと、翌日の処理が詰まる
- 担当者が退職した場合、引き継げる人間が社内に誰もいない
判定基準
| 該当数 | 状態 | 推奨アクション |
|---|---|---|
| 0〜2個 | 現在の体制で問題ない | 定期的にモニタリングを続ける |
| 3〜5個 | 限界に近づいている | 定型業務の外注を検討する |
| 6〜7個 | 既に限界を超えている | 今すぐ外注+ツール導入を始める |
| 8〜9個 | 危機的な状態 | 外注と採用の並行検討が必要 |
「3〜5個なら外注を検討する段階」と書いたが、これを先延ばしにする会社が多い。担当者の不満が蓄積すると、突然の退職という形で問題が一気に表面化する。「まだ大丈夫」と思っている間に対策を打つのが正しい。
一人経理の業務量を減らす3つの方法
限界サインが出ている場合、対応の選択肢は「ツール活用」「外注」「採用」の3つだ。コストと効果の観点から整理する。
方法1: クラウド会計ソフトのAI機能を使う(即効性高・低コスト)
記帳(仕訳入力)にかかる時間の大半は「データ入力」だ。freee・マネーフォワードのAI自動仕訳機能を使えば、銀行明細・クレジット明細が自動で仕訳候補として表示される。担当者は確認・修正するだけでよい。
月次の仕訳件数が200件以下の会社であれば、AI自動仕訳を活用するだけで入力作業を月5〜10時間削減できることが多い。費用はfreeeが月2,980円〜、マネーフォワードが月3,980円〜で、既に導入済みであれば追加費用はゼロだ。
まだ使っていない場合は、最初の1か月は試用期間で使えるサービスが多い。ツールを入れる前に自社の仕訳件数を確認し、「どの程度削減できるか」を試算してから判断するといい。
ただし、ツールで解決できるのは「入力作業の削減」だ。仕訳件数そのものが多い・給与計算が複雑という場合は、ツールだけでは対応しきれない。
方法2: 記帳・給与計算を外注する(業務量が多い場合に有効)
記帳(仕訳入力)と給与計算は、外注に切り出しやすい業務だ。どちらも定型化されており、社内の経営判断が不要な作業なため、外部に渡しても品質を保てる。
記帳代行の費用は仕訳件数に応じて変わる。
- 月次仕訳50件まで: 月額8,000〜15,000円
- 月次仕訳100件: 月額12,000〜20,000円
- 月次仕訳200件: 月額20,000〜35,000円
- 月次仕訳300件以上: 月額35,000〜60,000円
給与計算代行は従業員数に応じた費用が一般的だ。基本料金が月5,000〜10,000円、従業員1人あたり月1,000〜2,000円が目安になる。従業員15人なら月2万〜2万5,000円程度だ。
例えば従業員15人の会社で、記帳代行(月150件・月2万円)と給与計算代行(月1万5,000円)を組み合わせると月3万5,000円程度になる。担当者の業務負担を大幅に下げながら、採用コストの数十分の一で対応できる。
外注を検討する際は、「全ての業務を外注する必要はない」という点を意識してほしい。仕訳入力と給与計算だけを切り出し、税理士対応・月次確認・キャッシュフロー管理は引き続き社内担当者が持つという分業体制が最も現実的だ。
中小企業の経理を外注する手順|準備から導入まで完全ガイドでは、外注に切り出す業務の判断基準と、依頼先の選び方を詳しくまとめている。
方法3: 採用(業務量が増え続ける場合の最終手段)
外注やツールでカバーできない場合は採用になる。ただし採用は費用が大きく、時間もかかる。
- 求人掲載費: 数十万円(媒体によって異なる)
- 人件費: パートなら月15〜25万円、正社員なら月25〜40万円
- 教育・引き継ぎ: 3〜6か月の重複コスト
「今すぐ採用に動く」ではなく、「今の担当者が辞めた時に採用できる体制を整えておく」という視点で準備するのが現実的だ。今の採用市場で経理スタッフを確保できるまで3〜6か月かかることが多く、欠員が出てから動き始めると間に合わない。
採用を本格的に検討するのは、従業員30人を超え、かつ外注費が月8万円を超えてきた段階を一つの目安にしてほしい。
外注・ツール・採用のコスト比較
| 対応方法 | 初期費用 | 月額費用の目安 | 向いているケース |
|---|---|---|---|
| クラウド会計AI機能 | 0〜1万円 | 3,000〜10,000円 | 仕訳入力の時間削減が目的 |
| 記帳代行のみ | 0円 | 1〜3.5万円 | 仕訳件数が多い・入力負担を下げたい |
| 給与計算代行のみ | 0円 | 1〜2.5万円 | 給与体系が複雑・確認作業が多い |
| 記帳+給与計算セット | 0円 | 3〜6万円 | 担当者の総合的な負担を減らしたい |
| 事務パート採用 | 30〜80万円 | 15〜25万円 | 業務量が安定して多い・社内で担当を持ちたい |
| 正社員採用 | 50〜150万円 | 25〜40万円 | 複雑な経理判断が必要・長期的に任せたい |
コスト面では「ツール+外注」の組み合わせが圧倒的に安い。月4〜6万円で対応できる範囲であれば、採用コストを払う前にまずこの組み合わせを試すべきだ。
バックオフィス代行の費用相場|業務別の料金目安と選び方では業務別の費用をさらに詳しくまとめている。外注先を選ぶ際の比較ポイントも参考にしてほしい。
採用より先に「属人化の解消」を進める
一人経理の業務量問題の根本には「属人化」がある。担当者しか分からない仕訳ルール・税理士との連絡内容・振込の承認フローが全部一人の頭の中にある状態だ。
採用しても属人化を解消していなければ、新しい担当者に引き継ぐのが難しく、結局また一人に業務が集中する。これを2〜3年サイクルで繰り返している中小企業は珍しくない。
属人化を解消するには、まず以下の3点を整理することから始める。
- 月次の業務フロー: いつ・何の処理をするかを書き出す(月初・月中・月末の作業一覧)
- 仕訳ルールの文書化: 社内でよく使う勘定科目と、判断が難しいケースの対応ルール
- 外部連絡先の一元化: 税理士・銀行・社労士の担当者名・連絡先・対応内容
この3点が整理されていれば、外注への切り出しも採用後の引き継ぎも格段にスムーズになる。経理の属人化を30日で解消する方法|チェックリスト付きでは、30日で属人化を解消するための具体的な手順とチェックリストをまとめている。
まとめ
一人経理が適正かどうかを判断するポイントをまとめる。
| 状況 | 判断 | 推奨アクション |
|---|---|---|
| 従業員15人以下・月次仕訳200件以下 | 問題ない | ツール活用で余裕を持てる |
| 限界サインが3〜5個 | 限界に近い | 記帳代行・給与計算代行を外注する |
| 限界サインが6個以上 | 限界を超えている | 外注+属人化解消を今すぐ始める |
| 月次仕訳300件超・サイン多数 | 採用を検討 | 外注しながら採用準備を並行する |
「担当者が頑張れば回る」状態を放置すると、限界サインが積み重なり、ある日突然の退職という形で問題が表面化する。経理担当の退職は会社運営に直結するリスクだ。チェックリストで3〜5個以上該当している場合は、今のうちに対策を打つのが最善だ。
事務パートを採用するか外注するか?コストと品質を比較して判断する方法では採用と外注の費用対効果をさらに詳しく比較している。どちらを選ぶか迷っている場合は参考にしてほしい。
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