「マニュアルを作らなければ」と思いながら、1年以上先送りしている会社は珍しくない。理由は決まっている。完璧なものを作ろうとするから、着手できないのだ。
業務効率化に特化したエンジニアとして数十社の現場を見てきた経験から言うと、「70点で完成させる」という発想の転換だけで、状況は変わる。この記事では、今日から実行できる業務マニュアルの作り方を、テンプレートと具体的な手順つきで解説する。
なぜ「70点」を目標にするのか
100点のマニュアルは、完成しない。これは断言できる。
業務効率化の支援をしていると、こういう場面に繰り返し遭遇する。「マニュアルを整備したい」と半年前に言っていた会社が、同じことをまた言っている。その間、着手すらされていない。
100点を目指すと起きること
- 書く人が「全部網羅しなければ」という気持ちから着手をためらう
- 書き始めても「これで正しいのか」が気になって止まる
- 完成させても「すぐに古くなるから役に立たない」という諦めが生まれ、放置される
70点方針に切り替えると変わること
- 今日着手できる(完璧でなくていいと分かれば、箇条書きから始められる)
- 使いながら直せる(70点のマニュアルが今週中に1本できれば、来週から改善できる)
- 属人化のリスクを今すぐ1つ消せる(100点がない状態より、70点が1本ある方がはるかに価値がある)
担当者が急に休んだとき、業務が止まらない状態を作ることが目的だ。そのためには、完璧なドキュメントより「存在するドキュメント」の方が圧倒的に価値がある。
10〜20人規模の会社では、担当者が1人しかいない業務が平均3〜5件は存在する。そのうち1件でもマニュアル化できれば、今週中に1つリスクを消せる。
Step 1:どの業務から始めるかを決める
「業務マニュアルを作る」と決めたとして、最初の壁は「どこから手をつけるか」だ。全業務を一覧にして優先順位を付けようとすると、それだけで1〜2週間かかる。まず1業務に絞ることが重要だ。
最初に選ぶべき業務の4つの基準
1. 担当者が1人しかいない業務(最優先)
経理の月次処理をAさんしかできない、請求書の発行は必ずBさんに頼む——こういったケースは最優先でマニュアル化すべきだ。その担当者が突然休んだとき、または退職したとき、業務が完全に止まる。これが「属人化」のリスクだ。
2. 毎月必ず発生する繰り返し業務
月次の経理処理、毎月の給与計算入力、定例の問い合わせ返信フロー——手順が安定しているのでマニュアルに落としやすい。繰り返し発生するということは、マニュアルがある効果も毎月積み上がるということでもある。
3. 新人への説明に毎回30分以上かかる業務
「この業務の引き継ぎに毎回1時間かかる」という状況があれば、マニュアル化の費用対効果は非常に高い。アルバイトや派遣スタッフへの引き継ぎが毎回大変だという場合も同様だ。
4. ミスが発生したとき影響が大きい業務
入金確認の見落とし、請求書の送付ミス、申告漏れ——ミスが発生したときに取り返しのつかない業務は、早めにマニュアル化して手順を統一する価値がある。
絞り込みのポイント:小さく選ぶ
「重要な業務から」と考えると範囲が広すぎて書けなくなる。「経理全般のマニュアル」ではなく「請求書を受け取ってから会計ソフトに入力するまでの手順」に絞る——これだけで、実行難易度がまったく違う。
業務選定の判断マトリクス
| 基準 | 点数 | 例 |
|---|---|---|
| 担当者が1人しかいない | 3点 | 経理月次処理、申告書作成 |
| 毎月必ず発生する | 2点 | 給与計算入力、請求書発行 |
| 新人説明に30分以上かかる | 2点 | 社内システム操作、受発注対応 |
| ミスの影響が大きい | 2点 | 入金確認、税務申告 |
合計点が高い業務から順に着手する。この基準で見ると、「経理月次処理」「請求書発行」「特定システムの操作手順」のどれかが最初の1本として適していることが多い。
Step 2:1時間で書ける手順の書き出し方
業務を1つ選んだら、次は手順を書き出す。この段階で「きれいに書こう」としないことが重要だ。最初の30分はとにかく書き出す時間だと割り切っていい。
最速の手順化:作業しながら書く
最もシンプルな方法は、実際に作業しながら手順をメモすることだ。
- 業務を実際にやりながら、手順を1つずつメモする
- 「○○を開く→○○をクリック→○○を入力する」の形で書く
- 判断が必要な場面があれば「○○の場合は△△、それ以外は□□」と分岐を書く
「誰に見せても恥ずかしくない文章」を書こうとしない。箇条書きで手順を列挙するだけでよい。
使えるテンプレート構成
以下の構成を使えば、どんな業務でも最低限のマニュアルが作れる。空欄のまま渡しても機能する。
業務マニュアル テンプレート
【業務名】
(例:請求書受取から会計ソフト入力まで)
【対象者】
(例:経理担当、またはその代理対応者)
【発生タイミング】
(例:毎月末、または請求書が届いたとき)
【必要なもの】
(例:会計ソフトのログイン情報、請求書の保管場所、承認フローの確認先)
【手順】
1. 請求書が届いたら、所定のフォルダに保存する
→ 保存場所:○○フォルダ(共有ドライブの○○)
2. 金額・宛名・日付に誤りがないか確認する
→ 誤りがある場合:取引先に連絡(担当:○○)
3. 会計ソフトを開き、「仕訳入力」メニューから入力する
→ ログイン情報:パスワード管理ツール「○○」の「経理」フォルダ
4. 入力後、上長に確認依頼のメッセージを送る
→ 使用ツール:チャットの「経理確認」チャンネル
5. 確認が取れたら、請求書に「確認済」のスタンプを押し、ファイリングする
【よくある質問・判断に迷うケース】
- 金額が2万円以下の場合:事前承認なしでOK
- 初めての取引先の場合:入力前に上長に確認を取る
【最終更新日】
YYYY年MM月DD日 更新者:○○
このテンプレートに沿って埋めていくだけで、手順が整理される。「よくある質問」欄は最初は空欄でも問題ない。使いながら追記する。
ChatGPTで下書きを10分で作る方法
業務効率化に特化したエンジニアとして、最近よく勧めているのがChatGPTを使った初稿作成だ。
プロンプト例:
以下の業務を手順書にしてください。
業務名:請求書受取から会計ソフト入力まで
担当者:経理担当(1名)
使用ツール:freee会計
発生タイミング:月次・随時
現在の手順:請求書が届いたら確認して入力するだけだが、ミスが多い
注意点:初めての取引先は上長確認が必要
これだけで叩き台が10分以内にできる。ChatGPTの出力をそのまま使うのではなく、「実際の手順と違う部分を直す」という使い方が正しい。ゼロから書くより3〜4倍速く仕上がる。
Claudeでも同様のプロンプトが使える。どちらも試してみて、出力が自然な方を使えばよい。
Step 3:別の人に試してもらう
書き終えたら、そのマニュアルを見たことがない人(新人や他部署のスタッフ)に渡して、実際に試してもらう。この工程が「70点→80点」への最短ルートだ。
チェックするポイント
- 手順通りに進めたときに詰まるところはどこか
- 「これはどういう意味か」と聞かれたセクションはどこか
- 実際の画面や書類と、マニュアルの記述が一致しているか
- 口頭で補足説明が必要になった場面はどこか
口頭で補足説明が必要になった内容は、そのままマニュアルに追記する。この追記が品質を上げる。
何人試せばいいか
1人で十分だ。完璧にするための複数回テストは不要で、「一度も試していない状態」を脱することが目的だ。1人が詰まった箇所を直すだけで、次の人がスムーズに進めるようになる。
実際、業務委託先の会社で経理マニュアルを整備した際、最初のドラフトを総務スタッフ1人に試してもらっただけで、「承認者への連絡タイミングが分からない」「ファイルの保存先のパスが古い」という2点の修正点が見つかった。その2点を直したマニュアルは、その後の引き継ぎでほぼ補足説明なしで使えた。マニュアルの精度を上げるのに、1人のフィードバックで十分だった。
Step 4:保存場所と更新ルールを決める
マニュアルを作っても、使われなければ意味がない。使われない理由のほとんどは「どこにあるか分からない」か「古くて信頼できない」の2つだ。
保存場所のルール
- 担当者全員がアクセスできる場所に置く(個人のPCに保存しない)
- ファイル名は「業務名_マニュアル_YYYYMM」の形で統一する
- フォルダ構造は深くしない(2階層以内が目安)
使えるツールはGoogleドライブでもNotionでも社内サーバーでも構わない。大事なのは「全員が知っている場所」に置くことだ。
更新ルールの決め方
マニュアルが古くなる最大の原因は「更新する担当者が決まっていないこと」だ。以下の2点だけ決めておく。
- 更新担当者: 業務の担当者がそのまま更新責任者になる
- 更新のタイミング: 「業務の手順が変わったとき」だけでよい。月次の定期レビューは不要
マニュアルに「最終更新日」と「更新者」を記入する欄を設けておくと、そのマニュアルが信頼できるかどうかが一目で分かる。更新日が2年前のマニュアルは、誰も使わなくなる。
マニュアル作成ツールの比較:今使っているものでよい
特定のツールは必要ない。今使っているものから始めるのが最速だ。
テキストマニュアルのツール比較
| 状況 | おすすめのツール | 特徴 |
|---|---|---|
| Googleドライブを使っている | Googleドキュメント | 無料・共有が簡単・スマホからも編集可 |
| Microsoft 365を使っている | Word + SharePoint | テンプレートが豊富・権限管理が細かい |
| Notionを使っている | Notion | 検索性が高い・タグ管理が便利 |
| Confluenceを使っている | Confluence | チーム間のWiki管理に強い |
| どれも導入していない | Googleドキュメント(無料) | 今日から使える・コスト0円 |
動画マニュアルが有効な場合
画面操作を伴う業務(会計ソフトの使い方、社内システムの操作手順など)は、動画マニュアルの方がテキストより理解が早い。
| ツール | 費用 | 特徴 |
|---|---|---|
| Loom | 無料プランあり(月25本まで) | 画面録画+顔出し・1本5〜10分で作れる |
| Googleドライブ + スクリーンショット | 無料 | 低スペックPCでも使える・静止画での説明 |
| YouTube(非公開設定) | 無料 | 動画の長さ制限なし・スマホで視聴可 |
「マニュアル作成専用ツール」を新たに導入する必要はない。ツール選びに時間をかけるより、今あるものでまず1本作る方がはるかに価値がある。
よくある失敗パターンと具体的な対処法
業務マニュアルを作ろうとして続かなかった会社には、共通するパターンがある。業務効率化の支援をしていると、同じ失敗を繰り返す会社の特徴が分かってくる。
パターン1:全業務を一気に作ろうとする
「マニュアル整備プロジェクト」として全業務の一覧化から始め、3〜6ヶ月後に頓挫するのが最も多いパターンだ。全業務を洗い出すだけで2週間、優先順位付けでさらに2週間、気づくと着手前から疲弊している。
対処法: 1業務ずつ、完成させてから次へ移る。「今週1本完成させる」を繰り返す方が、半年後に10本完成している確率が高い。
パターン2:担当者が「完璧なものを作る」プレッシャーを感じる
「作ったものが批判されたくない」「まだ完成していないから共有できない」という心理で、完成しない。
対処法: 「70点で共有する」を組織のルールにする。最初から未完成でいいという前提を明示することで、担当者の心理的な負荷が大きく下がる。
パターン3:作ったが更新されず使われなくなる
業務フローが変わったのに更新されず、「古いマニュアルは参考にならない」という評判になる。
対処法: 更新担当者を業務担当者と同一にし、「変わったときに更新する」というルールだけ設ける。月次の定例レビューは不要で、変化が生じたタイミングで更新するだけでよい。
パターン4:マニュアルを作ること自体が目的になる
「マニュアルを整備しました」という成果を出すことが目的になり、誰も使っていないマニュアルが量産される。
対処法: 作成後1ヶ月の時点で「このマニュアルを使って別の人が業務できたか」を確認する。使われていなければ、なぜ使われていないかを調べる(見つからない・難しすぎる・古すぎる、のどれかが原因のほとんどだ)。
マニュアル化が難しい業務の判断基準
全ての業務がマニュアルに向いているわけではない。業務の性質によって、手順書より「判断基準書」として整理した方が効果的なものがある。
マニュアル化の向き・不向き
| 種類 | 特徴 | 例 | 適切なアプローチ |
|---|---|---|---|
| マニュアル向き | 手順が決まっている・成果物が明確 | 請求書処理・月次レポート・勤怠入力 | 手順書(ステップ形式) |
| 判断基準書向き | 毎回状況が違う・経験値が必要 | 顧客対応・交渉・採用面接 | 対応事例集(FAQ形式) |
| OJT向き | 熟練度が必要・手順化が難しい | 営業提案・デザイン・コンサルティング | OJT記録+メンター制度 |
判断が多く伴う業務(営業提案、顧客クレーム対応など)は、「手順書」より「こういう場合はこう判断する」という判断基準リストの方が実用的だ。
現場で見た話と、僕の判断
業務効率化の支援をしていると、マニュアルの整備で失敗する会社と、うまくいく会社の違いがはっきり見えてくる。
失敗する会社のパターン:経理担当が体調を崩して1週間休んだ会社を見たことがある。その会社には「マニュアルを作りましょう」と半年前に伝えていたが、「後でまとめて作る」という方針で先送りされていた。結果、その1週間、月次処理が止まり、月末の支払いに影響が出た。
うまくいく会社のパターン:「70点でいい」と割り切って毎週1本ずつ作り続けた会社は、3ヶ月で12本のマニュアルが揃い、担当者が入れ替わっても業務が止まらない状態になった。「完成させること」より「存在すること」を優先した結果だ。
僕の意見を言うと、大手メディアでよく見る「完璧なマニュアルを作る5ステップ」のような記事の通りに動こうとすると、ほぼ失敗する。5ステップを全部やろうとした会社ほど、1本も完成していないことが多い。
マニュアルは「完成品」ではなく「現時点のベスト版」として運用するもので、最初から完璧を求める必要はない。これが、数十社を見てきた中での僕の結論だ。
ちなみにジムフリでも、内部の作業手順書は「70点版」からスタートして使いながら更新する方針にしている。完成度より「今日動けるか」を優先した方が、実際に使われる可能性が上がる。
まとめ:今日から動ける4つの手順
業務マニュアルを作る際のポイントをまとめる。
- 「70点で完成させる」を最初のゴールにする(完璧を求めると着手できない)
- まず1業務に絞る(担当者が1人しかいない業務が最優先)
- 実際の作業手順を箇条書きで書く(30分でドラフトを出す、ChatGPTで加速)
- 別の人に試してもらい、保存場所と更新担当者を決める
今日できることは「どの業務から始めるかを決める」ことだ。担当者が1人の業務を1つ選んで、今週中に70点版を1本完成させる。それだけで、属人化のリスクが1件消える。
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