不動産会社の事務担当に話を聞くと、「SUUMOとat homeとHOMESに同じ物件情報を3回入力している」「契約書は印刷して押印してスキャンして、という流れが今も変わっていない」というケースが多い。
同じ情報を複数の場所に手入力する作業、紙の書類をやりとりするための時間——これらは不動産業界が長年抱えている構造的な問題で、「うちだけが遅れている」わけではない。ただ、2022年以降は法律の整備が進んで選択肢が増えており、以前よりも現実的にデジタル化できるようになっている。
業務効率化に特化したエンジニアとして、不動産会社を含む中小企業のバックオフィス改善に携わってきた経験から言うと、不動産の事務効率化は「どこから手をつけるか」の順番が重要だ。全部を一気に変えようとして、現場が混乱したまま元の運用に戻るパターンを何度も見てきた。
この記事では、不動産会社の事務作業を優先順位つきで整理し、費用感と実際のツール比較も含めて解説する。
不動産会社の事務が「特に手間がかかる」3つの構造的な理由
まず、なぜ不動産会社の事務が他業種に比べて手間がかかりやすいのかを整理する。ここを把握しておかないと、「効率化した気になっているけど根本が変わっていない」状態になりやすい。
物件情報の多重入力問題
賃貸・売買問わず、物件情報はSUUMO・at home・LIFULL HOME'Sなど複数のポータルサイトに掲載する必要がある。それぞれ入力フォームや仕様が異なるため、同じ内容を手動で複数回入力するのが現実だ。
さらに、価格変更・空室状況の更新があるたびに、全ポータルの情報を修正しなければならない。1物件あたり30分〜1時間かかる作業が、扱う物件数が増えるにつれて事務の大きな負荷になっていく。管理物件が100戸を超えると、この作業だけで月20〜30時間を消費している会社も珍しくない。
契約書・重要事項説明書の紙管理問題
不動産取引では、重要事項説明書(重説)や売買契約書・賃貸借契約書に宅地建物取引士の押印が必要だった。このため「紙で印刷して押印、郵送またはFAX」という流れが長く続いてきた。
2022年5月に改正宅建業法が施行され、重要事項説明書・不動産売買契約書・賃貸借契約書のすべてが電子化できるようになった。 法律上の障壁は取り除かれているが、まだ「紙の方が確実」という慣習から変えられていない会社が多い。1件の契約で発生する書類の印刷・郵送・保管にかかるコストは、A4数十枚×郵送料で1件あたり数百円から数千円になる。契約数が多い会社ほど、ここのコストは馬鹿にならない。
電話・FAX中心のコミュニケーション問題
管理会社・オーナー・入居希望者・仲介会社とのやりとりが電話とFAXに集中している。この構造は情報が口頭や紙に散らばりやすく、「いつ・誰が・何を確認したか」が記録として残りにくい。
電話対応している間は他の業務が止まる。確認内容を後から調べようとしても、口頭でやりとりしたことは記録がない。営業担当が外出中だと物件確認すら取れない、という状況が常態化しているケースを顧問先の話でよく聞く。
効率化の優先順位と費用対効果の考え方
不動産会社の事務効率化は、以下の順番で取り組むと費用対効果が出やすい。「全部やろう」とすると導入コストとスタッフへの負荷が集中するため、1つずつ順番に進めることをすすめている。
| 優先順位 | 対象業務 | 主な効果 | 月額費用の目安 | 難易度 |
|---|---|---|---|---|
| 1位 | 物件情報の一元管理 | 重複入力をなくす / 更新工数を削減 | 2〜8万円 | 中 |
| 2位 | 電子契約・電子署名の導入 | 印刷・郵送・保管コストを削減 | 5,000円〜2万円 | 低〜中 |
| 3位 | 入居申込のオンライン化 | FAX往復と書類転記をなくす | 要見積もり | 中 |
| 4位 | 社内コミュニケーションのデジタル化 | 口頭・電話依存を減らす | 無料〜数千円 | 低 |
1位を先にやる理由は明確だ。物件情報の多重入力は、発生頻度が高く・作業時間が長い業務だからだ。ここを解消するだけで、週単位で使える時間が変わってくる。
【ステップ1】物件管理システムを一元化する
効果が大きい順に取り組むなら、まず物件情報の管理から手をつけるべきだ。問題の核心は「同じデータを複数の場所に手で入力している」ことで、これを解消するには物件管理システムを中心に置いて、ポータルサイトへの情報連携を自動化する。
物件管理システムの主要3サービス比較
| サービス名 | 主な機能 | 月額費用の目安 | ポータル連携数 | 向いている会社 |
|---|---|---|---|---|
| いえらぶCLOUD | 物件管理・顧客管理・ポータル一括送信 | 3万円〜(規模による) | 30以上 | 賃貸・売買どちらも扱う会社 |
| ITANDI BB | 物件情報管理・入居申込・電子契約の一元化 | 要見積もり | 主要ポータル対応 | 賃貸管理会社・管理戸数が多い会社 |
| GMO賃貸DX | 管理業務デジタル化・オーナーアプリ連携 | 2万円〜(管理戸数による) | 主要ポータル対応 | オーナー管理も効率化したい賃貸会社 |
※費用は管理戸数や契約プランによって変動する。詳細は各社に問い合わせで確認すること。
これらを導入すると、1回の入力でポータルへの情報配信が完結するため、重複入力と更新作業の負荷を大きく減らせる。管理物件50戸前後の中小不動産会社であれば月額2〜5万円程度が目安になる。
実際に導入する際に気をつけること
物件管理システムを導入した顧問先の話を聞いていると、移行でつまずくパターンが決まっている。既存の物件データを新システムにインポートする作業が、思ったより手間になる、というケースだ。
システムを選ぶ前に「既存データの移行サポートがあるか」を必ず確認してほしい。移行作業が自社任せだと、導入後2〜3ヶ月かけてやっと全物件のデータが揃う、という状況になりかねない。移行支援が含まれているかどうかは、システム選定の重要な判断軸だ。
また、どのシステムも操作に慣れるまでの学習コストがかかる。現場スタッフが少ない会社では、「慣れるまでの期間は既存の運用と並行する」という計画を立てておくことをすすめている。システムの変更で業務が一時的に止まることを避けるためだ。
中小企業の業務効率化ツール10選|目的別の選び方ガイドに、業種を問わず使えるツール選定の考え方をまとめているので、物件管理以外の部分で迷った時には参考にしてほしい。
【ステップ2】電子契約を導入して書類コストを削減する
2022年5月に改正宅建業法が施行されてから4年が経った。法律の整備は終わっている。それでも「うちはまだ紙で」という会社が残っているのは、変える手間より変えない現状維持の方が楽に感じるからだ。ただ、郵便料金が2024年に値上がりし、書類コストは年々増えている。今が変え時だと思う。
電子契約を導入すると、以下の手間が省ける。
- 書類の印刷・製本・郵送の手間と費用
- 顧客から押印済み書類が返送されるまでの待ち時間(平均3〜7日かかっていたケースもある)
- 押印済み書類の物理的な保管と検索の手間
不動産業界向け電子契約サービスの比較
| サービス名 | 月額費用の目安 | 宅建業法対応 | 特徴 |
|---|---|---|---|
| GMO電子印鑑Agree | 5,000円〜(送信数による) | 対応 | 国内シェア上位。不動産業界の実績が多い |
| クラウドサイン | 10,000円〜(プランによる) | 対応 | 弁護士ドットコム運営。法的信頼性が高い |
| DocuSign | 10,000円〜 | 対応 | グローバルシェア上位。外資系取引にも対応 |
| freeeサイン | 5,500円〜 | 対応 | freeeとの連携が強い。中小企業向けのプランあり |
※費用は送信件数・ユーザー数・プランによって異なる。各社の公式サイトで最新の料金を確認すること。
電子契約の導入コストは月額数千円〜2万円程度が多く、印刷・郵送費と比較すると月次でコストが下がるケースがほとんどだ。
IT重説(オンラインによる重要事項説明)との組み合わせ
IT重説(インターネット重要事項説明)は、賃貸では2017年から、売買では2021年から本格運用されており、対面での説明が不要になっている。電子契約と組み合わせると、重説から契約締結まで全てオンラインで完結させることができる。
顧客側の移動コスト・時間の削減にもなるため、「利便性が高い会社」として選ばれる理由になりうる。
【ステップ3】入居申込・審査のオンライン化と社内連絡のデジタル化
ステップ1・2が安定してから取り組む部分だ。ここは「できれば変えたい」ではなく「現場が疲弊し始めたら変える」タイミングで進めるのが現実的だと思っている。
入居申込・審査プロセスのオンライン化
紙の申込書では、オーナー・管理会社・仲介会社の間でFAXやメールで書類を転送し、不備があれば再度確認するという往復が発生しやすい。1件の申込対応に平均3〜5往復の確認が発生しているケースもある。
ITANDI BBの申込受付くんなどの入居申込プラットフォームを使うと、入居希望者がスマートフォンから申込を完結できる。管理会社側での書類転記・不備確認の手間が減り、審査会社への連携も自動化できる。管理物件数が多い会社ほど、ここの効率化インパクトが大きい。
社内コミュニケーションのデジタル化
物件確認・案内調整・オーナーへの報告など、日常的なコミュニケーションが電話に集中していると、「電話を取れる人間がいないと業務が止まる」状態になりやすい。
チャットツール(LINE WORKS・Chatwork・Slack等)を導入し、物件に関するやりとりや確認事項をテキストで記録するようにすると、情報が口頭に散らばらなくなる。営業担当が外出中でも確認できる状態をつくれる。
| ツール | 月額費用 | 外部連絡用途 | 特徴 |
|---|---|---|---|
| LINE WORKS | 無料〜450円/人 | オーナー・入居者との外部利用に向く | LINEとの連携でオーナーや入居者も使いやすい |
| Chatwork | 無料〜840円/人 | 社内・協力会社間の連絡 | 日本語UIで使いやすい。タスク管理機能あり |
| Slack | 750円〜/人 | 社内・仲介会社間の連絡 | 外部連携・自動化が豊富。操作に慣れが必要 |
LINEベースのLINE WORKSは、オーナーや入居者との外部コミュニケーションに使いやすい点が不動産業界で評価されている。顧問先でも「オーナーがLINEユーザーだからLINE WORKSを選んだ」という例が多い。
「自社に何が必要か分からない」場合の整理の仕方
効率化を進めようとする前に、「今どの業務に時間がかかっているか」を1週間記録することをすすめている。
具体的には、事務担当者が1日の業務を書き出し、次の3点を洗い出す。
- 手作業になっている工程(入力・印刷・転記など)
- 同じ情報を複数回入力している工程(ポータルへの重複入力など)
- 確認待ちで時間がかかっている工程(書類の返送待ち・電話での確認など)
これをやるだけで、どのステップから始めるべきかが明確になることが多い。僕が業務棚卸しを依頼した会社では、「物件情報の入力に1日2時間かかっている」という事実が初めて数字として見えて、ステップ1に集中することが決まった事例がある。課題が数字で見えると、優先順位の判断がしやすくなる。
業務の洗い出し方については、中小企業の事務作業を自動化する方法|ツール不要の改善策も紹介でも整理しているので、参考にしてほしい。
「とりあえず大きなシステムを一括導入」が失敗する理由
顧問先ではないが、知り合いの不動産会社で「全部まとめて変えよう」と基幹システムを一気に入れ替えて、導入費用300万円以上をかけた結果、現場スタッフが使いこなせずに半年後には旧来の運用と混在している、というケースがあった。
失敗パターンはいつも同じだ。
- 変更範囲が大きすぎて、何が問題なのか切り分けできない
- 使う側への説明・教育が不足したまま稼働する
- 費用がかかりすぎて「失敗だった」と言いにくくなる
不動産会社の事務効率化で僕がすすめているのは「まず物件管理システムの見直しだけを1〜2ヶ月で完了させ、安定してから次へ進む」という段階的な進め方だ。失敗しても影響範囲が小さく、また修正が効く。
業務効率化の失敗事例5選|中小企業がハマるパターンと対策には、不動産以外の業種も含めた「効率化が失敗するパターン」をまとめているので、着手前に確認しておいてほしい。
まとめ:不動産会社の事務効率化は「順番」が全て
不動産会社の事務作業が複雑になりやすい構造的な理由は、物件情報の多重入力・紙の契約書管理・電話・FAX中心のやりとりの3つに集約される。
2022年以降は法律の整備が進み、重要事項説明書を含む契約書類の電子化が認められている。「紙でなければならない」という制約はほぼなくなっており、あとは「どこから変えるか」の問題だ。
まず物件管理システムの一元化から着手し、そこが安定したら電子契約・入居申込のオンライン化へと進む順番が、スタッフの負荷をなるべく分散しながら効率化できる進め方だ。全部を一度に変えようとしない。これが一番重要なことだと思っている。
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