税理士として独立して数年経つが、気づくと毎週数時間を事務所の帳簿整理や請求書の発行に使っている——こういう状況に心当たりがある士業の方は少なくないはずだ。
専門家として稼げる業務は、資格を持った自分にしかできない仕事だ。しかし事務所を運営していると、専門業務以外の仕事が次々と積み上がっていく。スタッフへの給与計算、問い合わせメールの返信、書類のファイリング、入金確認……。これらは専門業務ではないが、やらなければ事務所が回らない。
問題は、この「やらなければならない事務作業」が、専門家として稼げる時間を少しずつ削っているという点だ。
この記事では、士業事務所のバックオフィスを整理し、何を手放せるか・何を手放せないかを具体的に解説する。
士業事務所のバックオフィスとは何か
バックオフィスとは、クライアントに直接サービスを届けない「内部業務」のことだ。一般企業でいう経理・総務・人事がこれにあたる。
士業事務所の場合、バックオフィスは次のような業務になる。
経理・財務
- 事務所自身の帳簿入力・記帳
- 請求書の発行・管理
- 入金確認・未払い管理
- 事務所の確定申告(個人事業の場合)・決算処理
労務・人事
- スタッフへの給与計算
- 社会保険・雇用保険の手続き
- 勤怠管理
- 採用業務
総務・一般事務
- 問い合わせ対応(メール・電話)
- スケジュール管理・予約受付
- 書類の整理・ファイリング
- 備品管理・発注
ここで重要な区別がある。士業が普段クライアントに提供している「専門業務」と、自事務所のバックオフィスは別物だ。
たとえば税理士の場合、クライアントの記帳代行・確定申告・税務相談は専門業務だ。しかし「自分の事務所」の帳簿をつけることや、スタッフへの給与計算は、バックオフィスに分類される。この2つは全く性質が違う。
税理士が自事務所の記帳を自分でやっているのは珍しくない。しかしこれは「専門家として稼げる業務」ではなく、「事務所を運営するためにやらなければならない作業」だ。税理士がクライアントの記帳を代行すれば報酬が発生するが、自分の帳簿をつけても報酬は発生しない。
この区別が曖昧なまま仕事を続けていると、いつまでも事務作業を手放せない事務所になる。
自分の事務所のバックオフィスで時間が消えていないかチェックする
次の項目に当てはまるほど、バックオフィスの整理が急がれる状態だ。
- 毎月、事務所の請求書発行に1時間以上かかっている
- 入金確認を自分でやっていて、通帳と照合する時間が定期的に発生している
- スタッフの給与計算を毎月自分で行っている
- 問い合わせメールの一次返信を自分でさばいている
- 事務所の帳簿入力を月末にまとめてやっている
- 書類探しに5分以上かかることがある
3つ以上当てはまるなら、バックオフィスの仕組みを見直す価値がある。こうした作業は「やらなければいけない」ことではあるが、専門家としての価値を直接生み出してはいない。
士業が抱えるバックオフィスの課題
士業事務所のバックオフィス問題は、一般的な企業とは少し違う性質がある。
専門知識があるがゆえに自分でやってしまう
税理士であれば経理は得意分野なので、自分でやることへの抵抗が少ない。社労士であれば給与計算は専門領域なので、外注しようという発想になりにくい。
これが罠だ。自分でできることと、自分がやるべきことは違う。専門家として稼げる業務に集中するためには、得意なことであっても「やらない選択」が必要になる場面がある。
スタッフが少なく、仕事が一人に集中する
開業したばかりの事務所や、スタッフが1〜2名の小規模事務所では、一人が専門業務も事務作業も抱え込む状況になりやすい。
「自分がやった方が早い」という判断で所長が全部かかえることになる。結果として、本来なら顧客対応や新規開拓に使えた時間が、事務作業に消えていく。
情報の機密性が高く外注しにくい
士業の仕事はクライアントの機密情報を多く扱う。財務データ、個人情報、訴訟記録など、外部に渡しにくいデータが多いのは事実だ。
しかし「情報管理が不安だから全部自分でやる」という判断は、守るべきものと手放せるものを混同している。クライアントの専門業務情報を自分で管理するのは当然だが、事務所自身の請求書管理や帳簿整理は、適切なNDA(守秘義務契約)を締結した上で外注可能な業務だ。
外注できる業務・できない業務
士業事務所として独立した場合、どの業務を外注できるのかを整理しておく。
外注できる業務(バックオフィス)
有資格者でなくても対応できる業務は、外注・委任が可能だ。
| 業務 | 外注先の例 | 月額の目安 |
|---|---|---|
| 自事務所の記帳・帳簿管理 | 記帳代行サービス | 5,000〜30,000円 |
| スタッフへの給与計算 | 社労士・給与計算代行 | 5,000〜15,000円 |
| 問い合わせの一次応答 | オンラインアシスタント | 20,000〜50,000円 |
| スケジュール・予約管理 | 秘書代行・アシスタント | 20,000〜50,000円 |
| 請求書発行・入金確認 | 経理代行 | 10,000〜30,000円 |
| 書類整理・データ入力 | 事務代行・オンラインアシスタント | 15,000〜40,000円 |
外注できない業務(独占業務)
法律上の「独占業務」にあたるものは、有資格者本人が行う必要がある。
- 税理士:税務申告の代理・税務書類の作成・税務相談
- 社労士:社会保険・労働保険の手続き代行・就業規則の作成
- 行政書士:官公庁への申請書類の作成・提出代行
- 司法書士:登記申請の代理・法的書類の作成
- 弁護士:法律事件の代理・法的書類の作成
これらは各士業法(税理士法・社会保険労務士法等)で定められており、無資格者が有償で行うと違法になる。
「専門業務のように見えて実は事務的な部分」と「本当の独占業務」を区別して委託することが重要だ。たとえば「クライアントへの一次連絡・日程調整」は事務作業なので外注できる。しかし「クライアントへの税務アドバイスや法的判断」は専門業務なので外注できない。
バックオフィスを効率化する3つのアプローチ
Step 1: クラウドツールで定型業務を自動化する
人を雇う前に、自動化できる部分を自動化する。
会計・経理
freee / マネーフォワードクラウド会計を使うと、銀行口座・クレジットカードを連携するだけで取引が自動仕訳される。毎月の帳簿入力に数時間かかっているなら、これだけで大幅に削減できる。月額1,980〜3,300円程度。
給与計算
スタッフが数名いる場合、給与計算のミスはリスクが高い。マネーフォワードクラウド給与やSmartHRを使えば、勤怠データを入力するだけで給与明細が自動作成される。月額数千円から使える。
スケジュール調整
クライアントとのアポイント調整をCalendlyやTimeRexで自動化する。URLを共有するだけで相手が空き時間を選べる。無料から使える。
問い合わせの一次応答
問い合わせの種類が限られているなら(初回相談の受付、料金の案内、サービス概要の問い合わせ等)、チャットボットやLINE公式アカウントで自動返信できる。人が対応する案件のみを絞り込める。
案件・進捗管理
kintoneを使うと、顧問先のステータス管理・書類提出状況の管理など、事務所独自のワークフローを作りやすい。月額780円〜(1ユーザー)。
Step 2: オンラインアシスタントに任せる
ツールで対応できない業務は、外部のアシスタントサービスに依頼する。
オンラインアシスタント(バーチャルアシスタント)は、フルタイムのスタッフを雇わずに事務作業をこなせるサービスだ。月20〜50時間程度の作業量を月額2〜5万円程度で依頼できる。
具体的に依頼できる業務:
- メール対応の下書き・振り分け
- クライアントへの連絡・日程調整
- 請求書の発行・送付
- 資料の整形・データ整理
選ぶときに確認すること
士業の仕事には機密性の高い情報が含まれる。NDA(守秘義務契約)を締結できるかどうかを必ず確認する。 事務所内の情報がどこまで共有されるか、スタッフの個人情報はどう扱うかを契約前に確認しておくと、後のトラブルを防げる。
最初は業務範囲を絞って小さく試してから拡大する方が失敗が少ない。月10〜20時間の小さいプランから始めて、依頼の流れを掴んでから増やすのが現実的だ。
オンラインアシスタントの相場はオンラインアシスタントサービス比較|中小企業に合う依頼先の選び方でまとめている。
Step 3: 専門的な外注先に任せる
自事務所の給与計算・社会保険手続きを自分でやる必要はない。
たとえば社労士事務所であっても、自事務所の給与計算を自分でやっている場合、それは専門業務ではなく「自分の会社の経理作業」だ。外部の給与計算代行サービスに依頼することも選択肢になる。
記帳代行も有効だ。毎月の領収書・通帳データを渡して帳簿を作ってもらう形式は月額5,000〜20,000円程度で依頼できる。確定申告・決算だけ別の税理士に依頼する形でもコストはそれほどかからない。
よくある落とし穴
ツールを入れても設定を後回しにしている
クラウド会計を導入したのに連携設定を後回しにしたまま、結局手入力を続けている事務所は多い。ツールを入れる際は「設定完了まで1日で終わらせる」と決めて動く方がいい。設定が複雑に見えるものでも、銀行連携だけなら15〜30分あれば完了する。
外注先の選定を急ぎすぎた
安いオンラインアシスタントを試してみたら、やり取りのコストが高く余計に時間がかかった、というケースもある。まず月10時間程度の小さいプランから始めて、依頼の精度を確認してから拡大する方が失敗が少ない。
「これは専門的な判断が必要」という思い込みを検証していない
士業の場合、「これは専門的な判断が必要だから自分でやるしかない」という思い込みがバックオフィスの整理を妨げることがある。実際にやっている業務を書き出して「これは有資格者でなくてもできるか」を一つずつ確認することが、外注の第一歩になる。
まとめ
士業事務所のバックオフィスを整理するには、まず業務の仕分けから始める。
- 専門業務とバックオフィスを明確に分ける:独占業務以外は全て、外注・自動化の候補として検討する
- ツールで自動化できるものを先に整備する:会計・給与・スケジュール管理はツールで月数千円から対応できる
- 残った事務作業をオンラインアシスタントに任せる:まずは月10〜20時間の小さい依頼から試す
バックオフィスに時間を取られている状態では、専門家としての稼働時間が削られ続ける。士業として事務所を経営するなら、事務作業の仕組みを早めに整えることが、事務所の成長の前提条件になる。
バックオフィスをまとめて外注したい場合は、バックオフィスを丸投げしたい中小企業へ|依頼範囲と費用の目安も参考にしてほしい。
何から手をつけるか迷っている場合は、業務効率化は何から始める?最初の一歩を具体的に解説が役に立つはずだ。