従業員が入社・退社するたびに、複数の行政手続きが同時に発生する。年金事務所、ハローワーク、税務署、場合によっては市区町村。窓口もタイミングも違うため、専任担当者がいない会社では何かしら漏れが出やすい。
特に中小企業では、総務・経理・労務をひとりが兼務しているケースが多い。入退社の手続きが重なったタイミングでは、通常業務をこなしながら複数の届け出を処理しなければならず、「先月の退職者の雇用保険の手続きがまだだった」という事態が起きやすい。
この記事では、入社・退社それぞれで会社側がやるべきことを時系列のチェックリスト形式で整理した。期限がある手続きを中心に、何をいつまでにやるかを明確にする。
入社手続きチェックリスト
入社前(内定から入社日の前日まで)
会社側が準備すること
- [ ] 雇用契約書(または労働条件通知書)の作成・交付
→入社日までに書面で渡す義務がある(労働基準法第15条)
- [ ] 提出書類の案内を新入社員に送る
→入社日に揃えてもらう書類をリストで事前に伝えておくと当日がスムーズになる
- [ ] 就業規則・賃金規程などの案内準備
新入社員に入社日までに準備してもらうもの
- [ ] マイナンバーカードの写し(または通知カード+本人確認書類)
- [ ] 扶養控除等(異動)申告書(当日記入でも可)
- [ ] 健康保険被扶養者(異動)届(扶養家族がいる場合)
- [ ] 雇用保険被保険者証(前職がある場合)
- [ ] 源泉徴収票(前職がある場合・年内入社の場合)
- [ ] 給与振込先の銀行口座
- [ ] 通勤経路・交通費申告書
入社日当日
- [ ] 雇用契約書への署名・捺印を受け取る
- [ ] 上記の提出書類を受け取り、漏れを確認する
- [ ] 就業規則・社内規程を交付・説明する
- [ ] 貸与品を渡す(PC、IDカード、制服、鍵など)
- [ ] 給与振込先の登録を給与計算ソフトに反映する
入社後5日以内(期限厳守)
健康保険・厚生年金被保険者資格取得届の提出
- [ ] 日本年金機構(管轄の年金事務所)へ提出
- 期限: 資格取得日(入社日)から5日以内
- 電子申請(e-Gov)または年金事務所への持参・郵送で対応
- 提出すると健康保険証が発行される(マイナ保険証移行後も手続き自体は必要)
入社した月の翌月10日まで
雇用保険被保険者資格取得届の提出
- [ ] 管轄のハローワーク(公共職業安定所)へ提出
- 期限: 雇用した月の翌月10日まで
- 電子申請(e-Gov)またはハローワーク窓口で対応
- 週20時間未満のアルバイト・パートは雇用保険の対象外なので注意
入社後、随時対応するもの
- [ ] 住民税の特別徴収切り替え手続き(前職から引き続き特別徴収する場合)
- [ ] 給与計算ソフト・勤怠管理ツールへの登録
- [ ] 社内システム・メールアカウントの作成・権限付与
退社手続きチェックリスト
退職が決まったとき(退職日の2〜4週間前)
- [ ] 退職届(または退職合意書)を受け取る
- [ ] 業務引き継ぎのスケジュールを確認する
- [ ] 離職票が必要かどうかを本人に確認する(必要な場合は発行準備)
退職日当日までに
- [ ] 会社貸与品を全て回収する
- PCやスマートフォン、タブレット
- IDカード、社員証、鍵、セキュリティカード
- 社用車(該当する場合)
- 制服、ユニフォーム
- [ ] 健康保険証を回収する(本人分 + 扶養家族分をすべて回収)
→扶養家族の保険証が手元に残りやすいので、事前に全員分の枚数を確認する
- [ ] 社内システム・クラウドツールのアクセス権限を削除・停止する
→メール、会計ソフト、CRMなど、退職後もログインできる状態は情報漏洩リスクになる
- [ ] 退職日以降の入構・アクセスを停止する
退職日の翌日から5日以内(期限厳守)
健康保険・厚生年金被保険者資格喪失届の提出
- [ ] 日本年金機構(管轄の年金事務所)へ提出
- 期限: 退職日の翌日から5日以内
- 回収した健康保険証を一緒に返却する
- 提出しないと退職後も保険料が発生し続ける可能性がある
退職日の翌日から10日以内(期限厳守)
雇用保険被保険者資格喪失届の提出
- [ ] 管轄のハローワーク(公共職業安定所)へ提出
- 期限: 退職日の翌日から10日以内
- 離職票の発行を希望している場合はこのタイミングで申請
- 離職票は本人が失業給付を受ける際に必要なので、希望がある場合は速やかに発行する
退職した月の翌月10日まで
住民税の特別徴収廃止(または一括徴収)手続き
- [ ] 市区町村(または特別徴収センター)へ「給与所得者異動届出書」を提出
- 6月〜12月退職の場合: 残りの住民税を一括で給与から徴収するか、普通徴収に切り替える
- 1月〜5月退職の場合: 残りの住民税は退職月の給与または退職金から一括徴収できる
退職後1ヶ月以内(法的義務)
源泉徴収票の発行・交付
- [ ] 退職した従業員へ源泉徴収票を交付する
- 期限: 退職後1ヶ月以内(法律で義務付けられており、違反すると罰則がある)
- 退職者が年内に再就職する場合、転職先での年末調整に必要になる
請求があった場合に発行するもの
退職証明書
- [ ] 退職者から請求があった場合は「遅滞なく」発行する(労働基準法第22条)
→「退職した会社に在籍していたことを証明する書類」で、転職先から提出を求められることがある
- 発行を拒否することはできない
- 法定記載事項: 使用期間、業務の種類、その事業における地位、賃金、退職の事由など
(退職者が請求した事項のみ記載する)
よくある漏れと、その対策
1. 健康保険証の扶養家族分を回収し忘れる
本人の保険証は回収できても、扶養家族の保険証が回収できていないケースがある。退職後に使用された場合、会社が医療費を負担しなければならないリスクがある。
対策: 退職確認時に「扶養家族の保険証は何枚ありますか」と事前に確認し、退職日当日に枚数を突き合わせて全て回収する。
2. 退職後もシステムにアクセスできる状態が残る
IDカードを回収しても、クラウドサービスのアカウント削除を忘れているケースがある。退職後に元従業員が会計データや顧客情報にアクセスできる状態が続くのは情報漏洩リスクになる。
対策: 退職時に停止・削除が必要なシステムを一覧化しておく。会計ソフト、CRM、チャットツール(Slack、Teamsなど)、メール、クラウドストレージをまとめてリスト化し、退職日当日または翌日に一括処理する。
3. 雇用保険の取得届の提出が遅れる
入社直後は他の業務が立て込み、翌月10日の期限を見落としやすい。ハローワークから後日指摘が来て、遡って手続きをする羽目になる。
対策: 入社した翌月の1日にリマインダーを設定しておく。給与計算ソフトに入社情報を登録するタイミングで、雇用保険の届け出も同時に処理するフローにすると漏れにくい。
4. 住民税の手続きを忘れる
退職後も特別徴収のまま放置してしまうと、給与からの控除ができなくなる。退職した従業員から「住民税が来なかった」という問い合わせが来てから気づくケースが多い。
対策: 退職届を受け取ったタイミングで、住民税の手続きをやることリストに追加する習慣をつける。市区町村への提出期限は退職月の翌月10日なので、退職日が決まった時点でカレンダーに期限を入れておく。
手続きの負担を減らすための3つの方法
1. 入社・退社の書類セットをあらかじめ準備する
毎回「あの書類はどこだ」と探すのは無駄だ。入社用、退社用それぞれの書類セットをフォルダにまとめておくだけで処理速度が上がる。
- 入社用: 雇用契約書テンプレート、扶養控除等申告書、社会保険取得届の記入例、提出書類チェックリスト
- 退社用: 退職届テンプレート、社会保険喪失届の記入例、退職証明書テンプレート、退職時チェックリスト
2. チェックリストをクラウドで管理する
この記事のチェックリストをGoogleスプレッドシートに転記し、入退社のたびにコピーして使う運用にすると、誰が引き継いでも同じ手順で動ける。紙の管理は見直しにくく、完了・未完了の状態が残らないため、クラウドで管理する方が漏れに気づきやすい。
3. 人事労務クラウドを使う
SmartHRやマネーフォワードクラウド給与などのクラウドサービスを使うと、入退社の情報を登録するだけで社会保険の届け書類を自動作成できる。電子申請(e-Gov)と連携しているサービスもあり、窓口に行かずに処理できる。
従業員数が10人を超えてくると、手作業で全ての手続きを管理することの限界が出てくる。月1〜2件の入退社が発生するなら、クラウド人事労務ソフトの導入を検討する価値がある。費用は従業員数によるが、月1万〜3万円程度から使えるサービスが多い。
入退社手続きを含む労務管理全般を外部に任せたい場合の選択肢については、労務管理を丸ごと外注する方法|社労士・BPO・オンラインアシスタントを比較にまとめている。
期限一覧(まとめ)
| 手続き | 期限 | 提出先 |
|---|---|---|
| 健康保険・厚生年金 資格取得届 | 入社日から5日以内 | 年金事務所 |
| 雇用保険 資格取得届 | 入社月の翌月10日まで | ハローワーク |
| 健康保険・厚生年金 資格喪失届 | 退職翌日から5日以内 | 年金事務所 |
| 雇用保険 資格喪失届 | 退職翌日から10日以内 | ハローワーク |
| 住民税 異動届出書 | 退職月の翌月10日まで | 市区町村 |
| 源泉徴収票の交付 | 退職後1ヶ月以内 | 退職者へ |
この期限表を社内の見えるところに貼っておくだけで、「期限が過ぎていた」という事態を防ぎやすくなる。
まとめ
入退社手続きで漏れが起きる主な原因は、「やることが多く、期限がバラバラで、担当者が忙しい」という構造的な問題だ。チェックリストと期限一覧を手元に置いておくことで、構造的な漏れは大幅に減らせる。
特に注意が必要なのは以下の3点だ。
- 社会保険の取得・喪失届は期限が短い(入退社から5〜10日以内)
- 健康保険証は扶養家族分も含めて全て回収する
- 退職後のシステムアクセス権限は退職日当日に削除する
手続きの量が増えてきたタイミングで、労務管理ツールの導入や外部への委託も検討してほしい。手続きのミスが重なると、従業員との信頼関係にも影響が出るためだ。