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中小企業でよくある労務トラブル5選|事前に防ぐための対策

小さな会社ほど、労務トラブルに気づくのが遅くなる。

日常業務を回すのに精一杯で、労務管理まで手が回らない。就業規則はあるが10年以上手を入れていない。残業時間を正確に把握していない。そういう状態で運営していると、ある日突然「残業代を払ってください」「解雇は不当です」という主張が届く。

令和5年度に全国の総合労働相談コーナーに寄せられた相談件数は121万件を超えている(厚生労働省「令和5年度個別労働紛争解決制度の施行状況」)。民事上のトラブルに発展したケースだけで26万件以上だ。中小企業が当事者になるケースは決して珍しくない。

この記事では、中小企業でよく起きる労務トラブルの種類と、事前に打てる予防策を整理する。

よくある労務トラブル5選

1. いじめ・嫌がらせ・ハラスメント

厚生労働省の統計で、「いじめ・嫌がらせ」に関する相談が12年連続トップになっている。パワーハラスメントだけで令和5年度は6万件を超えた。

中小企業でハラスメントトラブルが起きやすい理由の一つは、「この業界はこういうもの」という慣習を引きずっていることだ。上司が部下に怒鳴る、深夜や休日にLINEで連絡するといった行為が常態化していても、社内では誰も問題だと言えない雰囲気になっている。

2022年4月から、中小企業にも職場のパワハラ防止措置が義務化されている。相談窓口の設置、就業規則への明記、発生時の調査フローの整備が義務の対象だ。形だけでも整備していないと、トラブルが起きた際に「会社として何もしていなかった」と判断され、会社側の責任が重くなる。

2. 残業代の未払い

「管理職だから残業代は不要」「固定残業代を払っているから問題ない」という認識で運用していると、後から思わぬ請求を受ける。

固定残業代が有効として認められるためには、基本給との区別が明確で、時間外労働への対価であることが契約書・給与明細・就業規則で明示されている必要がある。「○時間分の固定残業代を含む」と書いてあるだけでは不十分とされるケースがある。

また、「管理職扱い」にしていても、実際に部下がいない・残業を断れない・出退勤の自由がないといった実態があれば、労働法上の「管理監督者」には該当しない可能性がある。

2020年4月以降に発生した未払い残業代は3年分遡って請求できる。さらに悪質と判断された場合は、残業代と同額の「付加金」を裁判所から命じられることもある。

3. 解雇・雇い止めトラブル

「試用期間中だから辞めさせられる」「契約期間が終わったから更新しない」という判断が、トラブルに発展するケースがある。

日本の労働法では、解雇には客観的・合理的な理由が必要で、社会通念上相当と認められる場合でなければ解雇は無効になる(労働契約法第16条)。試用期間中でも、よほどの理由がない限り解雇を強行するのは難しい。

有期雇用の雇い止めも同様だ。同じ従業員を繰り返し契約更新している場合、「更新への合理的な期待」があるとみなされ、雇い止めが解雇と同様の基準で判断されることがある。

解雇に関する個別労働紛争相談は令和5年度で3万2943件に上る。「辞めさせるつもりはなかったが、こじれた」という事例も多い。

4. 雇用区分・社会保険の誤り

「試用期間中だから社会保険に入れなくていい」「週30時間働かせているがパートだから厚生年金は不要」という認識のズレがトラブルを生む。

厚生年金・健康保険の加入要件は雇用区分ではなく、労働時間・賃金・雇用見込み期間で判断される。正社員と同等の労働時間で働いているパート・アルバイトを社会保険未加入のまま放置すると、後から加入手続きと遡及保険料の支払いが必要になる。

有給休暇についても同様だ。週5日以上・週30時間以上勤務しているアルバイトには、正社員と同じ日数の有給休暇付与義務がある。付与していない場合は、労基署から是正指導を受ける原因になる。

5. 退職・有給消化トラブル

退職希望者が有給休暇をまとめて消化したいと申し出た際に、会社側が拒否しようとするトラブルがある。

有給休暇は原則として従業員が指定した時季に取得できる権利だ。繁忙期を理由に時季変更を求めることは認められているが、退職日が決まっている状況では変更後に取得できる日程が存在しないため、実質的に拒否できない。

また、「1ヶ月前に申告してほしい」という社内ルールがあっても、民法上の退職の申し出期間は2週間だ。就業規則の定めを守るよう求めることはできるが、強制力はない。

引き継ぎが完了しない状態で退職されることへの対策は、就業規則の整備だけでは解決しない。業務マニュアルの整備と、一人だけが担当している業務をなくす仕組みで対応する方が現実的だ。

中小企業でトラブルが起きやすい根本原因

就業規則がない、または古いまま

常時10人以上の従業員がいる会社は、就業規則の作成と届出が法律で義務付けられている(労働基準法第89条)。10人未満でも就業規則がないと、何かあった時に「会社としてのルール」が存在せず、口約束や慣習で解決しようとすることになる。

インターネットで拾ったテンプレートをそのまま使っているケースも問題だ。自社の実態に合っていない就業規則は、トラブルが起きた時に機能しない。

口約束・慣習で運用している

「うちは昔からこういうやり方だから」という慣習が、法律に反している場合がある。採用時に「残業は月20時間まで」と口頭で伝えているが、雇用契約書には明記していない、といったケースだ。

書面がないと「言った・言わない」になる。雇用契約書は全員に交付し、互いに署名するのが原則だ。

担当者がいない

多くの中小企業では、経理・総務・労務を一人が兼務している。日常業務で手一杯の状態では、法改正への対応や就業規則の見直しが後回しになりがちだ。

ハラスメント対策の義務化、有給5日取得義務、時間外労働の上限規制など、労働法は毎年のように変わっている。専任担当者がいない会社が独力でキャッチアップし続けるのは難しい。

今すぐ手を打てる予防策5つ

1. 就業規則を整備する

就業規則がない会社は、まず作ることを優先する。最低限押さえる内容は「就業時間と残業のルール」「休暇の取り方」「退職・解雇のルール」「懲戒処分の規定」「ハラスメントの禁止と相談窓口」の5点だ。

社会保険労務士に依頼すると、作成費用として10〜30万円程度が一般的だ。一度整備すれば数年は使えるため、後からトラブルになった時の解決コストと比べれば高くない。

2. 雇用契約書を全員に交付する

パート・アルバイト・試用期間中を含め、全員に雇用契約書を交付し署名をもらう。記載すべき内容は、賃金・労働時間・休日・有給休暇・更新の有無・解雇に関する事項だ。固定残業代がある場合は、対象時間数と金額を明記する。

契約書は2部作成し、会社と従業員がそれぞれ保管する。

3. 労働時間を客観的に記録する

タイムカード・クラウド勤怠ツール・ICカードなど、何らかの客観的な方法で出退勤時刻を記録する。「本人申告制」「自己管理」という運用は、残業代トラブルの際に会社側が不利になりやすい。

無料から使えるクラウド勤怠ツールもあるため、移行コストはほぼゼロで始められる。

4. ハラスメント相談窓口を設置する

会社の規模が小さくても、「誰に相談するか」を明確にしておく。外部の社労士事務所や弁護士を窓口として案内する方法もある。就業規則にハラスメントを禁止する条項を入れ、全従業員に周知することが義務化されている。

相談窓口があるだけで、問題が大きくなる前に把握できる可能性が上がる。

5. 年に1回、社労士に確認してもらう

労務管理の法改正は毎年ある。社労士に年1回確認してもらうだけで、「今の就業規則は法律に対応しているか」「残業の管理方法に問題はないか」といった点を専門家の視点でチェックできる。

社労士の顧問契約は月2.5〜5万円程度から。トラブルが起きてから弁護士費用と解決金を払うコストと比べれば、予防コストの方がはるかに低い。

まとめ

中小企業でよく起きる労務トラブルは、ハラスメント・残業代未払い・解雇・雇用区分の誤り・退職トラブルの5つが代表的だ。

共通しているのは「悪意があってやっているわけではない」という点だ。「昔からこうしていた」「他の会社もそうしている」という認識のまま運用し続けた結果、従業員との間で認識のズレが生まれ、退職時やトラブル時に表面化する。

就業規則の整備と雇用契約書の交付という2つを先にやるだけで、多くのトラブルは未然に防げる。

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