月末になると、領収書の束を見ながら「これ何費だったっけ」と固まる瞬間がある。
取引先との食事は会議費か接待交際費か。備品として買ったものは消耗品費か器具備品か。判断の基準は分かっていても、目の前の領収書を前にすると迷う。税理士に聞くほどではないが、自分で決めるのも不安。そういう場面が月に何度かある。
僕が最初にChatGPTを経理業務で使ったのは、まさにそういう「判断が止まる瞬間」だった。
「この取引、接待交際費か会議費かどちらが正しいか」をChatGPTに整理してもらったら、思ったより使えた。税理士に相談する前の事前整理として十分なレベルの回答が返ってくる。
ただ、最初は「勘定科目を教えて」と投げるだけで、ほぼ役に立たなかった。汎用すぎる回答しか返ってこない。使える回答を引き出すには、会社の前提情報を最初に渡すことが重要だと気づいた。
この記事では、経理業務でChatGPTを使うための実用プロンプトをまとめる。経理担当者向けではなく、「自分でやっている経営者」向けの設計にした。
ChatGPTは「経理を代わりにやる」ツールではない
最初に言っておきたいのだが、「ChatGPTで経理が自動化される」という話は現時点では現実ではない。
ChatGPTは文章を生成するツールだ。数字の計算は不得意で、ミスが起きる。仕訳の確認も「参考意見」として扱うべきで、最終判断は人間がする。freeeとChatGPTは現時点で直接連携しておらず、データのやり取りは手動コピペになる。マネーフォワードはGPT Store経由で連携機能を提供しているが、自動仕訳や自動入力まではできない。どちらも「数字を渡して整理してもらう」使い方が現実的な利用範囲だ。
ChatGPTで経理業務のどこが助かるかというと、「迷いを整理する場面」だ。
- 勘定科目に迷ったとき、候補と判断基準を整理してもらう
- 接待費と会議費の違いを自社の条件で確認する
- 月次の数字をコメントとして言語化する
- 経費精算規程を新人が理解しやすいQ&A形式に変換する
- 税理士に相談する前に論点を整理する
いずれも「人間が最終判断するための下準備」だ。経理ソフトの入力作業を置き換えるものではない。この使い方の範囲であれば、経理知識がなくても十分に役立つ。
実際に使えるプロンプト集
1. まず「前提情報を渡す」設計にする
プロンプトで回答の精度が変わる最大のポイントは、前提情報の渡し方だ。
「タクシー代の勘定科目は何ですか」と聞くだけでは、「旅費交通費または通勤費です」という汎用的な回答しか返ってこない。自社の状況に応じた判断をもらうには、会社の文脈を最初に渡す必要がある。
以下のブロックを、プロンプトの冒頭に置く習慣をつけると回答の質が変わる。
【会社の前提情報】
業種:[例: 建設業(内装工事・下請け)]
会社規模:[例: 従業員10人、年商1億円前後]
使用会計ソフト:[例: freee(法人プラン)]
消費税区分:[例: 課税事業者・インボイス登録済み]
一度この設定をChatGPTに渡してから質問すると、「建設業の場合、現場への移動費は現場交通費として処理するケースが多い」といった具体的な回答が返るようになる。
テキストファイルにこのブロックを保存しておいて、毎回貼り付けるのが実用的なやり方だ。業種や規模は1行変えるだけでいい。
2. 勘定科目に迷ったときの確認プロンプト
「この支払い、何費にすればいい?」という場面で使う。
プロンプト例:
あなたは中小企業の経理に詳しいアドバイザーです。
以下の条件で、適切な勘定科目とその理由を教えてください。
【会社の前提情報】
業種:建設業(内装工事・下請け)
会社規模:従業員8人
使用会計ソフト:freee
消費税区分:課税事業者・インボイス登録済み
【今回の支払い】
・支払い内容:取引先の担当者と焼肉店で食事。費用は1人あたり8,000円、合計2名分。
・目的:定期的な関係維持のための会食。新規受注の具体的な商談ではない。
・領収書:あり(インボイス要件を満たしている)
考えられる勘定科目の候補と、それぞれの判断基準を教えてください。
最終的にどれを選ぶかは自分で判断しますが、整理のために参考にしたいです。
このように「目的」と「背景」を含めると、「接待交際費か会議費かの違いはどこで分かれるか」まで整理してもらえる。
重要なのは、「最終的にどれを選ぶかは自分で判断します」という一文を入れること。ChatGPTに断定させず、あくまで判断材料として使うスタンスを維持するためだ。
3. グレーゾーン判断を整理するプロンプト
中小企業の経営者がよく迷う勘定科目の「境界線」がある。
- 接待交際費 vs 会議費
- 福利厚生費 vs 給与・賞与
- 消耗品費 vs 器具備品(10万円前後の購入)
- 広告宣伝費 vs 交際費(手土産・贈答品)
これらの判断基準をChatGPTで整理すると、同じ場面が繰り返したときに自分で判断できるようになる。
プロンプト例(接待交際費 vs 会議費):
接待交際費と会議費の違いを、具体的な判断基準で教えてください。
以下の視点で整理してほしいです。
1. 税務上の定義と、判断が分かれる条件
2. 判断が迷いやすいケース(例:取引先との食事は何人以内なら会議費か)
3. 自分で判断するときに「会議費にできる」「交際費になる」と分かる目安
4. 税務調査で指摘されやすいポイント
目的は自分で判断できるようになるための整理です。
最終的に確認が必要な取引は税理士に聞きます。
このプロンプトで返ってくる情報を読むと、「接待交際費と会議費の区別は飲食費の規模や目的・参加者の属性によって変わる」「どちらが有利かは法人税との関係で異なる」といった実用的な整理が得られる。
全部をChatGPTに任せるのではなく「判断の整理」として使い、金額が大きい取引や判断に確信が持てない場合は税理士に確認するという使い分けが現実的だ。なお、会計ソフトのAI自動仕訳機能とChatGPTの使い分けについてはAI顧問の経理業務支援|仕訳・請求・入金管理の自動化で整理している。
4. 月次レポートに添える経営者コメントを作るプロンプト
毎月、freeeやマネーフォワードで損益が出る。数字は見えているが、「この数字をどう解釈するか」を言葉にするのが案外時間がかかる。
銀行への説明、社員への共有、または自分自身で振り返るとき、数字に「一言コメント」を添える場面がある。
プロンプト例:
以下の月次損益データを見て、経営者向けの簡潔なコメントを作成してください。
【月次損益(2026年4月)】
売上:4,200,000円(前月比 +8%)
売上原価:2,800,000円
粗利:1,400,000円(粗利率 33.3%)
販管費:900,000円
営業利益:500,000円(前月比 -5%)
【状況の補足】
・売上増は繁忙期入りによる工事件数の増加
・営業利益が前月より下がった理由は、臨時の設備修繕費(120,000円)が発生したため
コメントの条件:
- 読み手は銀行の担当者と自社スタッフ
- 200字以内で、増減の背景と来月の見通しを含める
- 専門用語を使いすぎない
この形で渡すと「粗利率は33%台を維持できており、売上拡大の基調は続いている。4月の営業利益が前月をやや下回ったのは臨時の設備修繕費が要因で、構造的な悪化ではない。5月以降は繁忙期が継続する見通しで、利益水準の回復を見込んでいる」といったレベルのコメントが返る。
完成形の文章はそのまま使わず、自分で手直しする前提で叩き台として使うのが実用的だ。freeeやマネーフォワードの損益レポート機能については、AI連携の観点からの比較記事でまとめているので、どちらの会計ソフトを選ぶか検討中であれば参照してほしい。
5. 経費精算規程をFAQ化するプロンプト
経費精算のルールを社員から聞かれるたびに説明している経営者は多い。
「接待費の上限は決まってる?」「領収書がなかったらどうすればいい?」「個人カードで買ったものは申請できる?」
これをChatGPTで社内FAQ形式にしてしまうと、説明の手間がなくなる。
プロンプト例:
以下の経費精算規程をもとに、新入社員向けのFAQを作成してください。
【経費精算規程(抜粋)】
・経費は原則として月末締め、翌月10日までに申請する
・領収書は必ず原本を添付する。電子領収書(PDF)は印刷して添付
・接待交際費の上限は1人あたり10,000円。事前の上長承認が必要
・個人カードでの立替は可。申請時に振込先口座を記載すること
・領収書紛失の場合は「支払証明書」に事実を記載し上長の署名を得ること
FAQの条件:
- 新入社員が初めて読むことを想定
- よくある疑問を5問立て、Q&A形式で書く
- 1問の回答は3行以内
- 規程に書いていないことは「別途確認が必要です」と書く
出力結果をGoogleドライブやNotionに貼り付けておけば、社員からの質問を都度対応する手間が減る。規程が変わったときも同じプロンプトで更新できる。
自社の規程がまだ整備されていない場合は、まず「よくある質問を5つ挙げて、それに対する一般的な回答を書いて」と問いかけると、規程の叩き台も作れる。
6. 税理士に相談する前の論点整理プロンプト
税理士との顧問契約がある場合でも、毎月の面談時間は限られている。その時間を有効に使うには、「聞きたいことを事前に整理する」ことが重要だ。
「今月、判断に迷った取引が3件あります。今期の設備投資について相談したいです」という状態で面談に臨むのと、漠然と「経費のことで聞きたいことがあって」と入るのでは、使える時間の密度が変わる。
プロンプト例:
今月の経理処理で判断に迷った取引と、今期の課題を整理したいです。
税理士への相談で効果的に時間を使うために、論点を整理してください。
【今月迷った取引】
1. 自社のWebサイト更新費用(外注・35万円):資産計上か費用か迷っている
2. 役員が個人でセミナー受講(8万円):法人の経費で落とせるか
3. 取引先への贈答品(お中元・3,000円×10社):勘定科目の確認
【今期の気になること】
・今年度から設備投資を予定。減価償却の考え方を理解したい
・消費税の簡易課税から本則課税への切り替えを検討中
以下の形式で整理してください:
1. 緊急度が高い(早めに確認すべき)論点
2. 今期中に確認すればいい論点
3. 各論点で税理士に聞くべき質問の骨格
このプロンプトで事前に整理することで、面談の時間を「質問の棚卸し」ではなく「判断の確認」に使えるようになる。
実際に使ってみると、税理士への相談で「今月はこの3点を確認したい」と最初に整理した状態で臨めるようになった。それまでは面談の半分を「どこから話すか」の棚卸しに使っていた。論点が先に出てくると、税理士から返ってくる回答も的を射たものになる。
使う前に守ること(3点だけ)
ChatGPTを経理業務で使うとき、守るべき点を3つ挙げる。
1. 計算の最終確認は自分でやる
ChatGPTは計算が得意ではなく、数字の処理でミスが起きることがある。数字の正確性は会計ソフトで確認する。ChatGPTに任せるのは「整理」と「言語化」であって、計算の委託ではない。
2. 機密情報の扱いに注意する
個人プランのChatGPTは、デフォルトで入力したデータがOpenAIの学習に使われる設定になっている。設定メニューから学習をオフにすることも可能だが、確認せずに使うとデータが学習に使われる。顧客名・取引先名・具体的な金額を含むデータを貼り付けるときは、設定確認と社内ルールを先に決めてから使う。
法人で本格的に利用する場合は、ChatGPT TeamやClaude Teamのような法人向けプランを検討するのが現実的だ。これらのプランは会話内容が学習に使われない設定になっている。セキュリティの考え方はAIを業務で使う前に知っておくべきセキュリティの話でまとめているので参照してほしい。
3. ChatGPTの回答は「ヒント」として扱う
経理の判断は最終的に人間が行う。「ChatGPTがこう言ったから」という理由だけで申告内容を決めないこと。判断に不安がある取引は必ず税理士に確認する。これは経理以外の業務でも同様だが、申告に関わる経理業務では特に重要だ。
まとめ
この記事で紹介したプロンプトを再度整理する。
- 前提情報ブロックを用意する(業種・規模・会計ソフト・消費税区分)
- 勘定科目確認:目的と背景を含めて聞く
- グレーゾーン判断:判断基準を整理してもらう
- 月次コメント:損益データを貼り付けてコメントを生成する
- 社内FAQ:規程を渡してQ&A形式に変換する
- 税理士相談前:論点を整理してもらう
全部を一度にやろうとせず、まず1つだけ試せば十分だ。「勘定科目に迷ったとき」のプロンプトを1回使ってみると、どのくらい使えるかの感覚がつかめる。
ChatGPTを「経理の答えを出すツール」ではなく、「迷いを整理するアシスタント」として使うのが、現時点での正しい使い方だ。