本音コラム

正直に言う。エンジニアの僕も「DX」が何なのかよく分からない

著者:野原琉海(業務効率化に特化したエンジニア)

DX。デジタルトランスフォーメーション。

ここ数年、どこに行ってもこの言葉を聞く。「御社もDXを推進しましょう」「DXで業務改革を」「DX人材を育成する」。

正直に言う。エンジニアである僕も、DXが何なのかよく分からない。

経営者の方に「DXって何をすればいいんですか?」と聞かれるたびに、「実は僕もよく分からないんですよ」と答えるようにしている。そう言うと、たいてい「え、エンジニアでも分からないんですか」と驚かれる。そう。エンジニアでも分からない。それがDXという言葉の実態だ。

この記事では、DXという言葉がなぜ「分からない」のか、その構造を整理する。そして、言葉の定義を追いかけることをやめて、中小企業の経営者が実際に何から手をつければいいかを書く。

そもそも「DX」はどこから来た言葉なのか

DXという言葉の起源は、2004年にスウェーデンのウメオ大学教授エリック・ストルターマンが提唱した学術的な概念だ。彼の定義は「デジタル技術が人間の生活のあらゆる側面に浸透していく継続的なプロセス」という、かなり哲学的なものだった。

それが日本で広まったのは、経済産業省が2018年に「デジタルトランスフォーメーションを推進するためのガイドライン(DX推進ガイドライン)」を公表してからだ。政府が旗を振ったことで、コンサルもベンダーも一斉に「DX」という言葉を使い始めた。

さらに2020年には、経産省が「DX推進指標」という自己診断ツールを出した。この年の調査で衝撃的な数字が出ている。約500社を対象にした調査で、全体の9割以上の企業がDXにまったく取り組めていないか、取り組んでいても散発的な実施に留まっているという結果だった。

つまり、2018年に国が旗を振ってから2020年時点で9割の企業が「動けていない」状態だ。「分からない」という感覚は、あなただけのものではない。

ストルターマンの提唱から日本の政策化まで、もともと学術論文の概念が政策用語になり、そこからコンサル業界のセールストーク化した。定義がブレ続けているのは、この経緯を知れば当然のことだ。

「DX」「デジタル化」「IT化」の違いを整理する

DXの話をすると、「デジタル化」「IT化」と混同されることが多い。この3つを整理すると、なぜ「DXが分からない」と感じるかが少し見えてくる。

用語 意味 典型的な取り組み例 対象
IT化 手作業をシステムに置き換える Excelで管理していた台帳をクラウド化する 特定業務
デジタル化 アナログ情報をデジタルデータに変換する 紙の請求書をPDF化・電子保存する 情報・データ
DX デジタル技術でビジネスモデルや組織を変革する データを活用して新サービスを生む、業務フロー全体を再設計する 組織・事業全体

この表を見ると分かるが、DXは「特定の業務を効率化する」話ではない。組織やビジネスモデルを根本から変える話だ。

中小企業で経理担当がクラウド会計を入れても、それはIT化だ。デジタル化だ。「DX」ではない。ところが、これを「DXの第一歩」と呼ぶコンサルがいる。定義が広すぎて、誰もが都合のよい意味で使っている。

さらに言うと、多くの中小企業にとって今必要なのはDXではなく、IT化やデジタル化の段階だ。それをDXと呼ぶ必要はない。

別の角度で整理すると、こうなる。

混在している「DXの呼ばれ方」 実態
「経費精算をシステム化する」 IT化
「紙の書類を電子化する」 デジタル化
「ChatGPTを社内で使い始める」 ツール導入
「クラウドERPを入れる」 システム移行
「データ分析で新事業を立ち上げる」 本来のDX

経費精算のシステム化も「DX推進の取り組み」として報告されている現場を、僕は実際に見てきた。意味が広がりすぎて、もはや言葉として機能していない。

誰に聞いても「DX」の答えが違う3つの理由

コンサルに聞くと「全社的なデジタル戦略の策定が必要です」と言う。ツール会社に聞くと「まずはうちのシステムを入れましょう」と言う。政府の資料を読むと「デジタルガバナンス・コードに沿って」と書いてある。

3者とも言っていることが違う。でも全員「DX」を使っている。

理由は3つある。

1. DXの定義が公式に統一されていない

経産省のガイドラインも、学術的な定義も、完全には一致していない。定義があいまいな言葉は、使う側が自分の目的に合わせて解釈できる。コンサルには「コンサルが必要なこと」として定義でき、ツール会社には「ツールが必要なこと」として定義できる。

2. 日本語の「変革」という言葉が机上のものになりやすい

トランスフォーメーション(変革)というのは、かなり大きい概念だ。「組織のあり方を根本から変える」という話だから、具体的な施策に落とし込もうとすると難しい。難しいから抽象論になる。抽象論だから誰でも好き勝手に使える。

3. 「DXをやった」と言えることで補助金・助成金の申請がしやすくなる

これは現実の問題として、「DX化に取り組んでいる」ということを証明することで、IT導入補助金などの申請要件を満たしやすくなるケースがある。だから意図的に「DX化した」という文脈で使われることもある。

この3つが重なって、DXという言葉はどんどん意味が分からなくなっている。

「DXが分からない」状態で起きる最悪のパターン

DXという言葉が分からないまま放置しておくと、いくつかの失敗パターンが起きやすい。僕が実際に見てきたものを整理する。

失敗パターン 起きやすい状況 実際の損失
コンサルに高額を払って戦略書だけ作ってもらう 「まず戦略が必要」と言われてコンサル契約を結ぶ 戦略書が出来上がっても誰も実行しない
大型システムを一括導入して使われない 「全社一気に変えよう」という方針で大型投資 導入費用がかかったまま定着せず元の運用に戻る
「DX担当者」を決めたが担当者が何をすればいいか分からない 社内でDX推進係を任命する 担当者が疲弊して業務が増えるだけになる
ツールを入れたが現場が使わない 「DXのため」という理由だけでツール選定する 月額費用だけが発生し続ける
補助金申請のためだけにDX計画書を書く IT導入補助金の申請要件を満たすために取り組む 補助金が出ても肝心の業務は変わらない

この中で特に多いのが「コンサルに戦略書だけ作ってもらうパターン」だ。デジタルツール導入で失敗する4つのパターンと対策でも書いたが、ツール選定や戦略策定で止まってしまい、現場の業務が変わらないまま費用だけがかさむ事態は頻繁に起きている。月に数十万円払って、分厚い提案書と戦略書が出てくる。でも書かれていることが難しすぎて、現場では誰も読まない。プロジェクトが立ち上がった3ヶ月後に同じ状態に戻っている、というケースを複数回目にしてきた。

「DXが分からない」と感じている状態で高額なコンサル費用をかけることだけは、やめた方がいい。

もう1つ、地味に多いのが「担当者を決めたが何をすればいいか分からない」パターンだ。「DX推進担当」という肩書をつけられた社員が、結局何も指示されないまま、既存業務との両立で疲弊していく。担当者が決まったからといって業務が変わるわけではない。「何を変えるか」が先に決まっていないと、担当者はただの旗振り役で終わる。

「DXが分からない」なら、そのまま放置していい理由

ここで僕の本音を言う。

中小企業の経営者が「DXが分からない」のは当然だし、分からなくていいと思っている。

「DXとはビジネスモデルや組織をデジタル技術で根本から変革すること」と定義が分かったとして、明日からあなたの会社で何かが変わるだろうか。おそらく変わらない。

本当に必要なのは、「DXの定義を理解すること」ではなく「今の業務で一番時間がかかっている作業を1つ特定して、その作業を楽にすること」だ。

業務効率化に特化したエンジニアとして、顧問先の会社を支援してきた経験から言うと、変化が起きるのはいつも「この作業が面倒で仕方ない」という具体的な課題から始まる。「DXをやろう」から始まった取り組みが成功した例を、僕はほとんど見ていない。逆に、「毎月末の請求書処理が2日かかっていて嫌だ」という具体的な不満から始めた取り組みは、ほぼ確実に改善につながる。課題が具体的であるほど、解決策も具体的になるからだ。業務効率化の最初の1歩についての考え方は業務効率化は何から始める?最初の一歩を具体的に解説にまとめているので、参考にしてほしい。

自社では、月3.5万円のツール代で経理・請求書処理・コンテンツ制作・顧客管理を回している。これをDXと呼ぶ人もいるし、単なるIT化と呼ぶ人もいる。どちらでもいい。名前は関係ない。業務が楽になって、本業に集中できる時間が増えればそれで十分だ。

DXを謳うコンサルに会ったとき、確認すべき3つの質問

最後に実用的な話をする。DXコンサルを名乗る人や会社から提案を受けた時に、確認すべき3つの質問を書いておく。

質問1:「具体的に、最初の1ヶ月で何をやりますか?」

「戦略策定から始めましょう」と答えた場合は注意が必要だ。最初から作業が動かない可能性が高い。小さくても「1つの業務が改善される」状態が最初に来るべきだ。

質問2:「費用の内訳を教えてください。何に対して払うのですか?」

コンサル費・システム費・ライセンス費・保守費用がどれだけかを分けて確認する。「DX推進支援費」という名目でまとめて提示してくる場合、内訳が不透明なことがある。

質問3:「同じ規模の会社(従業員5人〜50人)での導入事例を具体的に教えてください」

大企業での成功事例しか出てこない場合は、中小企業での実績が薄い可能性がある。自社と規模が近い会社の事例を確認することが重要だ。

これだけでも、話を進める前に「この提案が自社に合っているか」をある程度判断できる。

まとめ:DXという言葉は忘れていい。やることはシンプルだ

DXが分からないのは、あなたの理解力の問題ではない。言葉自体が定義あいまいなまま使われ続けているからだ。

2004年の学術概念が2018年に政策化され、9割の企業が「動けていない」と判定される中で、コンサルもベンダーも自分の商品・サービスに都合よく解釈して使い続けている。

「DXをやらなければいけない」という焦りを感じていたなら、それを一旦横に置いてほしい。代わりに、この1週間で一番時間がかかった業務を1つ思い浮かべてほしい。その作業を楽にする方法を探すところから始めるのが、実際に変化を起こす一番の近道だ。

難しく考えなくていい。業務が楽になれば、名前はなんでもいい。

関連記事

業務効率化の具体的な始め方、失敗事例、ツール選定については以下の記事にまとめている。

月15万円で、業務に組み込むまで対応。

大手コンサルが月50万円〜の領域を、月15万円で提供。
相談から導入、運用まで一緒に進めるAI顧問サービスです。

月15万円のAI顧問を見る →

読んで欲しい記事

1

「AI顧問というサービスを最近よく見るが、何をしてくれるのかよく分からない」 こういう経営者が増えている。ChatGPTが普及して、「AI活用を始めなければ」という焦りは社会的に広まった。しかし何から ...

2

AI顧問というサービスが急増している。 「月額○万円でAIを活用した業務改善をサポートします」という営業が来たり、SNSやLinkedInで案内を見かけたりすることが増えた。 この流れに対して、中小企 ...

3

AI顧問を検討している中小企業の経営者から、こういう質問をよく受ける。 「費用対効果はどうやって判断すればいいのか」 もっともな疑問だ。月に数万円から十数万円のコストをかけるなら、回収できるかどうかを ...

-本音コラム