事務・バックオフィス効率化

SaaSを導入しても現場で使われない理由と対策

著者:野原琉海(業務効率化に特化したエンジニア)

「月額3万円のSaaSを契約したのに、半年後には元のExcelに戻っていた」

こういう話を中小企業の経営者から聞くことは珍しくない。アイティクラウドの調査によると、67.4%の経営者がSaaSの導入に失敗した経験を持つと回答しており、「何度もある」という回答が29.8%に達している。

失敗した経営者のほとんどは「ツール選びを間違えた」と考える。しかし実態は違う。現場で定着しない原因のほとんどは、ツールの問題ではなく導入の進め方の問題だ。

業務効率化に特化したエンジニアとして複数の中小企業の業務改善に関わってきた経験から言うと、優れたSaaSが「使われないまま放置される」のを何度も目にしてきた。問題はツールではなく、導入前後の動き方にある。この記事では、定着しない本質的な理由と、実際に機能する対策を書く。

SaaSが現場で定着しない4つの根本原因

原因1:業務フローに合わせず「入れるだけ」で終わった

SaaSは汎用的に設計されているため、自社の業務フローに完全に一致することはほぼない。にもかかわらず「まずは入れてみよう」で導入すると、現場は「前の方が早かった」という感想を持ち続ける。

中小企業には長年かけて積み上げてきた独自の業務の進め方がある。そこにツールを押し込む前に「どの業務をツールに合わせて変えるか」を決めていないと、現場は既存のやり方にしがみつく。

僕が顧問先に入るとき、SaaS導入に失敗した会社に共通しているのが「導入前にどの作業をツールで置き換えるか、具体的に決めていなかった」という点だ。「効率化のため」という曖昧な目標のまま入れると、誰も具体的な作業を変えない。ツールと元の作業が並走して、かえって業務量が増える最悪の結果になる。

原因2:「なぜ使うのか」が現場に伝わっていない

経営者からすると「業務を楽にするために導入した」は自明に思える。しかし現場にとっては「また新しいことを覚えさせられる」と受け止められることがある。

テックタッチの「大企業のSaaS活用に関する実態調査2024年版」によると、大企業でも60.7%が「十分に使いこなせていないSaaSがある」と回答している。中小企業ではリソースも少なく、この状況はさらに起きやすい。経営者が「便利になる」と感じているものを、現場は「また新しいツールを覚えさせられる」と感じている、という構図だ。

この乖離を埋めずに強行導入すると、ログインだけして実際の業務では使わない「幽霊アカウント」状態になる。月額費用だけが発生し続ける一番もったいないパターンだ。

原因3:導入後のフォローが1回の研修で終わった

「説明会を開いたから大丈夫」という判断で放置されるケースが多い。1回の研修で新しいツールを使いこなせる人はほとんどいない。

さらに問題になるのは、3〜6ヶ月後に担当者の異動や退職が発生したときだ。引き継いだ担当者は誰からも正しい使い方を教えてもらえず、「なんとなく使っている」か「使わなくなる」かのどちらかになる。

従業員10〜20人規模の中小企業では、このサイクルが特に起きやすい。新しい担当者が入るたびに「そのツール、何のために入れたんでしたっけ」という会話が繰り返される。

原因4:定着させる責任者がいない

大企業であれば情報システム部門が導入後の運用を管理する。しかし従業員10〜20人規模の会社では、SaaSを導入した後の管理が「誰の仕事か」が曖昧なことが多い。

導入プロジェクトが終わった瞬間に誰もそのツールに気を配らなくなり、気づいたら誰も使っていないという状態になる。「忙しいから後で対応する」が積み重なって、実質的に誰も管理していない状態が定着する。

中小企業特有の「定着しない構造」

大企業向けのSaaS定着の解説記事を読むと「チェンジマネジメントを設計する」「推進チームを作る」という対策が出てくる。しかし従業員10〜20人の会社でそれをやるのは現実的でない。

中小企業に特有の問題は3つある。

問題 実態 定着への影響
担当者が兼務になっている 経理担当が勤怠管理ツールの管理者も兼ねるのが普通 ツール管理に割く時間が実質ゼロ
情シスがいない 操作で詰まっても社内に聞ける人がいない ベンダーサポートへの連絡が面倒で放置される
習得する余裕が少ない 日次業務で手が一杯の状態で新ツールを覚える時間がない 研修を受けても翌日には他の業務に追われて忘れる

これらを前提に対策を設計しないと、大企業向けの教科書的なアドバイスは中小企業では機能しない。

実際に現場で見てきた感覚として、担当者1人が片手間で管理できる範囲を超えたSaaSは定着しない。機能が多くて設定が複雑なSaaSよりも、機能が絞られていてシンプルなSaaSの方が中小企業では定着しやすい。「高機能だから良い」ではない。

定着するSaaSと定着しないSaaSの違い

導入前の設計段階での差が、定着率を大きく左右する。

定着するSaaS 定着しないSaaS
目的の設定 「○○さんの週8時間の作業を半分にする」と具体化している 「全社的な効率化のため」と曖昧なまま
現場の関与 無料トライアルで担当者が実業務で試した後に決定 経営者が一人で決めて現場に通達
業務フローの変更 ツールに合わせて作業の流れを変えた 既存フローのままツールだけ追加した
導入後のフォロー 3ヶ月間、月1回の確認サイクルを維持した 初回研修1回で「導入完了」とした
責任者 誰が管理するかを明確に決めた 誰が管理者か曖昧なまま

失敗事例と成功事例を比べると、ツールの選定内容よりも「導入の進め方」の差が圧倒的に大きい。

僕が支援してきた案件で印象的だったのは、月3,000円以下の安いSaaSが完全に定着している一方で、月15万円の高機能ツールが1年で解約されたケースだ。金額の問題ではない。高いツールを入れれば定着するという発想が、最初からずれている。

実際に定着させるための5ステップ

Step 1:「誰の、どの作業を削減するか」を1つに絞る(所要時間:1時間)

「全社的に効率化する」という目的設定では現場に何も伝わらない。「○○さんが毎週やっている請求書の突合作業を週8時間から4時間にする」という具体性があって初めて、関係者が動ける。

目的が1つに絞られていれば、導入後の効果測定もシンプルになる。曖昧な目標のまま導入すると、成功したのか失敗したのかも分からないまま課金だけ続く。

業務効率化は何から始める?最初の一歩を具体的に解説でも詳しく書いているが、まず「月10時間以上かかっている繰り返し作業」を特定することが先だ。それ未満の作業はSaaS導入の費用対効果が出にくい。

Step 2:無料トライアル中に担当者を実業務で試させる(1〜2週間)

ツールを選ぶのは経営者でも、使うのは現場の担当者だ。無料トライアルの期間中、実際の業務に使ってもらい「使いやすいか」を確認する。

このプロセスを省略すると「押し付けられた感」が残る。現場が「自分で試して選んだ」という感覚を持てるかどうかが定着率を大きく左右する。僕が見てきた定着に成功した会社では、担当者が「これ、前のよりいいですね」と言った段階で初めて本格導入を決めていた。

試用期間の目安は2〜4週間。この期間に「使いにくい」と感じた場合、それは担当者の問題ではなく業務フローとのミスマッチの可能性が高い。使いにくいのに契約を続けてはいけない。

Step 3:業務フローの変更をセットで行う(1〜2週間)

ツールを「今の業務に追加」するだけでは定着しない。「このツールを使う前提で、業務の流れ自体を変える」という作業が必要だ。

例えば経費精算ツールを入れる場合、申請から承認のフローが紙ベースのままでは効果が出ない。申請はすべてツール経由、承認もツール上で行う、という業務フローの変更をセットで実施する。

ここをサボると「ツールと既存の紙作業が並行して走る」という最悪の状態になる。業務が増えるだけになり、現場の反発が高まる。デジタルツール導入で失敗する4つのパターンと対策でも書いているが、ツールが定着しない最大の原因は「業務フローを変えずにツールだけ入れた」ことだ。

Step 4:導入後3ヶ月は月1回の確認サイクルを作る(月15分)

「導入完了」にしない。月1回、15分程度でいいので「使えているか」「困っていることはないか」を確認するサイクルを3ヶ月間続ける。

この3ヶ月の間に、新しい担当者が入ったり、操作に詰まる場面が出てきたりする。その都度サポートすることで「使える状態」を維持できる。3ヶ月を過ぎると大半の会社でツールの使い方が「当たり前の業務」に変わる。

担当者の引き継ぎが発生したタイミングでは、改めて使い方を共有する機会を設ける。ドキュメントが理想だが、最低限「前任者に聞ける状態のうちに引き継ぎを済ませる」だけでも大きく違う。

Step 5:全機能を使わせようとしない

SaaSの機能を全部使う必要はない。「使っている機能が2割でも、その2割で業務が楽になっている」なら定着している、と判断してよい。

全機能を活用しようとすると現場の負担が増え、逆に離れていく。顧問先で実際に効果が出た方法は「最初の1ヶ月は機能Aだけ使う、2ヶ月目から機能Bを追加」という段階的な展開だ。機能を絞ると、担当者が「これは使える」と感じる成功体験を早期に作れる。

対策を講じても使われない場合の判断基準

対策を徹底しても定着しない場合、ツール自体が自社に合っていない可能性がある。以下の3つの基準で判断する。

現場の声 問題の種類 対応方針
「使い方が分からない」 サポート不足 使い方の説明を追加する。続ける価値がある
「使えるが、なぜ使うか分からない」 目的設定の問題 Step 1に戻って目的を再定義する
「使っているが、以前より時間がかかる」 業務フローとのミスマッチ ツール変更または業務フローの再設計

「判断できないから放置する」が最悪の選択肢だ。使われないまま課金が続く状態を半年以上放置することに意味はない。

月1万円のSaaSを6ヶ月放置すると6万円の損失になる。「もったいないから続ける」ではなく、「このツールは自社に合っているか」を上記の基準で判断して、合っていなければ迷わず解約する。

ツールで解決できない場合、業務そのものを外注するという選択肢もある。SaaSへの固執よりも、業務が楽になることを優先して判断してほしい。バックオフィス代行の費用相場|業務別の料金目安と選び方に費用の目安をまとめているので参考にしてほしい。

まとめ:定着しないのはツールの問題ではない

SaaSが現場で使われなくなる本質的な原因は、ツールの優劣ではなく導入の進め方の問題だ。

改めて整理する。

定着失敗の原因 対策
「全社効率化」と目的が曖昧 誰の・どの作業を削減するか1つに絞る
担当者を選定段階に参加させなかった 無料トライアルで担当者が実業務で試す
既存フローのままツールだけ追加した ツール導入と業務フロー変更をセットで行う
初回研修1回で「導入完了」にした 3ヶ月間、月1回の確認サイクルを維持する
責任者を決めずに導入した 誰が管理するかを明確に決める

逆に言えば、この5つを順番に対処すれば、ほとんどのSaaSは現場に定着する。難しいことではない。「誰の、どの作業を変えるか」を1つ決めてから入れる。それだけで定着率は大きく変わる。

ツールを選ぶ前に「どの業務を変えるか」を先に決める習慣があれば、SaaS選定の失敗も減る。2026年版|中小企業の業務効率化に使えるAIツールおすすめ10選も参考に、目的に合ったツールを選んでほしい。

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