AI顧問・AI導入支援

中小企業がAIエンジニアを採用する難しさと現実的な選択肢

著者:野原琉海(業務効率化に特化したエンジニア)

「社内にAIを分かるエンジニアを採用したい」という経営者の声を、最近よく聞く。

AIを使いたいが社内に専門家がいない。だから採用しようという発想は、方向性としては間違っていない。ただ現実を見ると、中小企業がAIエンジニアを採用するハードルは相当に高い。年収600万円以上が当たり前の市場で、大企業やメガベンチャーとの採用競争に勝ちにいくのは、正直厳しい。

業務効率化に特化したエンジニアとして仕事をしていると、「採用に失敗した」という経営者の話を聞く機会が少なくない。「求人を出したが応募がゼロだった」「面接まで進んだが条件で断られた」「採用できたが半年で辞めた」。どれも珍しくないパターンだ。

この記事では、AIエンジニア採用の市場実態と、採用がうまくいかない構造的な理由、そして採用以外の現実的な選択肢を整理する。「採用すべきか」を判断する前に、まず市場を正確に理解してほしい。

AIエンジニアの採用市場、現実の数字を見てみると

年収相場は想定の1.5倍以上になりやすい

AIエンジニアの正社員の平均年収は558万円〜628万円と言われている。一般的なITエンジニアの平均(450万円前後)より20〜40%高い水準だ。さらに、大企業との競合になると話はもっと複雑になる。

雇用形態・企業規模 年収・報酬の目安
AIエンジニア(正社員平均) 558万〜628万円
AIエンジニア(フリーランス) 月単価83〜85万円(年収換算で約999万〜1,020万円)
Google日本法人(AIエンジニア) 平均1,918万円
Indeed Japan(AIエンジニア) 平均1,583万円
インテル(AIエンジニア) 平均1,457万円
中小企業(一般的な提示年収) 450万〜550万円が多い

中小企業が提示できる年収が450万〜550万円だとすると、市場平均の下限にも届かないケースが出てくる。フリーランスのAIエンジニアと比べると、年収換算で約2倍の差がある。給与だけで戦おうとすると、勝てる土俵ではない。

人材の絶対数が少ない

経済産業省が公表した調査によると、2018年時点のAI・データ人材の需要は約44,000人だったが、2030年には約243,000人に拡大するという予測がある。5.5倍の需要拡大に対し、供給側の人材育成は追いついていない。

つまり、AIエンジニアは2030年に向けてさらに希少になる。大企業・スタートアップ・外資系が高い年収とストックオプション・最新の開発環境でこの人材を取り合っている。中小企業の求人票が埋もれるのは構造的な問題だ。

応募が来ないのは求人票の問題ではない

「求人票の書き方を改善すればいい」とアドバイスされることがある。一部は正しいが、本質的には市場の供給が足りていないという問題だ。

採用できている中小企業を見ると、年収ではなく別の強みを訴求しているケースが多い。「フルリモート・フルフレックス」「事業の意思決定に近い位置で仕事ができる」「特定の業種・ドメインの知識を持っているエンジニアへのオファー」といった切り口だ。年収1本勝負は厳しいが、訴求ポイントを変えれば可能性は出てくる。

採用できたとして、次に待っている問題

仮に採用できたとしても、すぐに別の問題が起きやすい。

1人採用では属人化が深刻になる

AIエンジニアを1人採用した場合、その人がいる間は機能する。だが退職した時に何が残るかという問題がある。技術的なノウハウも、業務への実装ロジックも、担当者の頭の中にある状態だ。

一般的な業務でも属人化は問題になるが、技術職の場合は特に深刻だ。「誰も仕組みを理解していない」「ソースコードが読める人間がいない」という状態になれば、後任採用だけでは解決しない。

僕が顧問先で見てきた中で、1人のエンジニアが離職した後に業務が止まった事例がある。「引き継ぎしてもらったが、内容が難しすぎて誰も理解できなかった」というパターンだ。採用の問題より、採用後の設計の問題だと思っている。

「何をやってもらうか」が決まっていない採用が起きやすい

AIエンジニアは「どう作るか」を担う。だが「何を作るか」「どの業務に適用するか」「効果をどう測るか」を決めるのは経営者か、業務に精通した人間だ。

「とりあえずAIエンジニアがいれば何とかなるだろう」という期待で採用すると、入社後に「具体的に何をすればいいか分からない」という状態になりやすい。採用した後に業務設計をしようとするのは順序が逆だ。何に使うかが決まってから、それを実現できる人を採用する、という流れが正しい。

採用コストが総額で予想の2倍になることがある

年収600万円で採用できた、と安心しがちだが、実際のコストはそこではない。

コスト項目 目安
年収 600万円
社会保険料(会社負担、給与の約15%) 90万円
採用エージェント費用(年収の30〜35%) 180万〜210万円
PC・開発環境の整備 30万〜50万円
入社後3ヶ月の立ち上がりロス 実質コスト換算で50万〜100万円
初年度トータル 950万〜1,050万円

これだけ初年度に投資して、「何をやってもらうかが決まっていなかった」「1年で退職した」となると、投資の回収が見込めない。

採用以外で、AIを活用している中小企業の現実

AIエンジニアを採用しなければAIを活用できないかというと、そうではない。

自社ではAIエンジニアを採用していないが、月3.5万円のツール代でコンテンツ制作・経理・顧客管理・業務自動化を回している。AIエンジニアなしで月30本のSEO記事を制作・公開しているのも、ツールと仕組みの組み合わせだ。

AI活用を内製する vs AI顧問に外注する|中小企業向け判断基準でも書いたが、「採用か外部活用か」の判断は、「今何を解決したいか」から始めるべきだ。

ノーコード・ローコードツールで内製できる範囲が広がっている

ChatGPT APIを使った問い合わせ対応の自動化、Make(旧Integromat)やZapierを使ったデータ連携、NotionやAirtableを使った業務管理の半自動化。これらはプログラミングの専門知識なしで実装できるレベルまで来ている。

中小企業がAIエンジニアを採用しなければできないことと、ノーコードツールで対応できることの境界は、2〜3年前より大幅に変わった。「エンジニアが必要そう」と感じている業務の相当部分が、ノーコードで解決できる可能性がある。

業務委託エンジニアを必要な時期だけ使う

正社員採用よりも単価は上がるが、プロジェクトが明確で期間が限られている場合は業務委託の方が現実的なことが多い。月20万〜80万円程度の単価で、社会保険費用も採用コストも発生しない。

必要な時期だけ動いてもらい、プロジェクトが終わったら契約を終了できる。スキルと相性を確認してから正社員採用を検討するという進め方もある。

AI顧問という選択肢

「何を作るか」「どの業務に適用するか」を判断する外部の専門家として、AI顧問を活用するという選択肢がある。開発そのものは業務委託エンジニアや外注会社に任せつつ、優先順位の判断と方向性の設計は顧問が担う。

正社員採用の場合、エンジニア自身が「何をすべきか」を決めることが難しいケースが多い。AI顧問がいることで、技術の専門家と経営判断の橋渡しができる。AI担当者を雇うvsAI顧問を依頼|コスト・成果・リスク比較でも詳しく整理しているが、採用コストとAI顧問費用を比較すると、初年度の総コストはAI顧問の方が安く収まるケースが多い。

3つの選択肢の比較と判断基準

AIを活用するための手段を比較すると以下のようになる。

正社員採用 業務委託エンジニア AI顧問
初期コスト 高い(採用費+入社初年度で950万〜1,050万円程度) 中(採用コスト不要、月20万〜80万円) 低い(月額10万〜30万円が多い)
即動き出せるか 採用に3〜6ヶ月かかる 比較的早い(1〜2ヶ月) 早い(数日〜2週間)
何に向いているか 継続的な内製開発・長期ノウハウ蓄積 期間限定の開発・特定プロジェクト 方向性設計・AI活用推進・外部との連携
採用市場の競争 激しい(大企業と競合) やや採用しやすい 関係ない(業務委託契約)
リスク 退職リスク・属人化 入れ替わりリスク 依存リスク(顧問がいないと動けない)
向いているケース 年収700万円以上を出せる・開発業務が常時ある 開発プロジェクトが明確・期間限定 まずAI活用の方向性を決めたい・内製より先に成果を出したい

判断のポイントは3つ

継続的にAI開発業務が発生するか

日常的にシステム改善・新機能開発が必要な会社は、内製体制を作る意味がある。ただし、年収700万円以上を用意できることが前提だ。月に数時間しかエンジニアの仕事がないなら、正社員を雇うよりノーコードツールか業務委託の方が合理的だ。

「今すぐ解決したい課題」か「長期的に育てたいか」か

採用には最低3〜6ヶ月かかる。今すぐ業務課題を解決したいなら、採用は選択肢にならない。緊急度が高いなら業務委託かAI顧問の方が現実的だ。

採用後の運用体制があるか

「採用できたが、何をやってもらうか曖昧だった」というのは、現場で実際に起きている問題だ。採用を検討する前に、「このエンジニアに毎月何時間・どんな業務を担ってもらうか」を紙に書けるかどうかを確認してほしい。書けないなら、採用を検討する前段階にある。

中小企業がAI活用で結果を出すために必要なこと

業務効率化に特化したエンジニアとして、顧問先の現場を見ていると分かることがある。AI活用で結果が出ている会社に、AIエンジニアを正社員で雇っているケースは多くない。

多いのは「特定の業務課題に絞って、ノーコードツールか外部リソースで解決している」パターンだ。「全社的にAIを活用する」という大きな目標を立てた会社より、「請求書処理の入力作業をなくす」「毎月の報告書作成を自動化する」という具体的な課題から入った会社の方が、はるかに早く成果を出している。

AIを導入しても伸びない会社の特徴でも書いたが、AI活用が止まる会社の共通点は「技術的な問題」ではなく「何をやるかが決まっていない」ことだ。

まず「何を解決したいか」を先に決める

「AIエンジニアを採用すれば何か変わるはず」という期待から始めるのは、逆順だ。

正しい順序は、「この業務の、この部分を、こういう状態に変えたい」という具体的なゴールを先に決めること。そのゴールを実現するために何が必要かを整理した上で、「社内で実装できるか」「外部に頼むか」「採用が必要か」という判断をする。

自社では月3.5万円のツール代でかなりの業務を自動化できているが、それは最初から「全部自動化」を目指したわけではない。「これが面倒だ」という順番に、1つずつ仕組みに置き換えてきた積み上げだ。

ノーコードで試してから、採用を考える

「先にノーコードツールで対応できる範囲まで試してみる」というアプローチを推奨している。

ノーコードで解決できた場合、そもそもエンジニアは不要だった。ノーコードでは対応できない部分が出てきたタイミングで初めて「ここはエンジニアが必要だ」という具体的な要件が見えてくる。要件が具体的になれば、採用するか業務委託にするかの判断もしやすくなる。

AI導入は小さく始めるが正解|中小企業が失敗しない最初の一歩でも整理しているが、小さく始めることが最終的に最短ルートになる。

まとめ:採用より先に「何を解決したいか」を整理する

AIエンジニアの採用市場の現実をまとめると以下になる。

  • 正社員の平均年収は558万〜628万円。フリーランスは年収999万〜1,020万円
  • 大企業との採用競争は、年収だけでは勝ちにくい構造がある
  • 2030年に向けて市場の需要は5.5倍に拡大する予測で、さらに希少になる
  • 採用できたとしても、属人化・方向性不明・高い初期コストという問題が待っている

採用が唯一の選択肢ではない。ノーコードツール、業務委託エンジニア、AI顧問という選択肢を組み合わせることで、採用なしでAI活用を進めている中小企業は実際にある。

「採用すべきかどうか」を考える前に、「何の業務を、どう変えたいか」を先に整理してほしい。その具体性が出てきたタイミングで、採用か外部活用かの判断が初めてできる。

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