本音コラム

「うちにITは必要ない」と思っている経営者に読んでほしい話

著者:野原琉海(業務効率化に特化したエンジニア)

「うちは今の業務で回ってるから、ITとか別にいらないよ」

この言葉、エンジニアとして中小企業の業務を見るようになってから、何十回も聞いた。そして正直に言うと、この言葉が出る会社ほど、ITで変えられる余地が大きい。

困っていないのではなく、困っていることに慣れてしまっているだけだ、と思うことが多い。

この記事では、「ITが必要かどうか」を決める前に、実際のところ何が変わるのかを具体的に書く。「導入すれば万事OK」というつもりはない。ただ、「うちには関係ない」と思い込んだまま判断するのは損だ、という話を、エンジニアの本音で書く。

「回っている」と「楽に回っている」は全然違う話だ

業務が「回っている」状態と、「効率的に回っている」状態は、似ているようで全く違う。

例として請求書処理を考えてほしい。Sansanが実施した請求書に関する業務の実態調査によると、受領から支払い・保管まで含めた請求書1枚あたりの処理時間は平均約52分という結果が出ている。月に30枚の請求書を処理している会社なら、毎月約26時間がこの作業だけで消えている計算だ。

26時間。1日8時間労働換算で3日以上だ。

これは「困っている」だろうか。おそらく多くの担当者は「これが普通だ」と思っている。前任者もそうやっていたし、10年前からそうだから、疑いもしない。「困っている」のではなく、「慣れている」だけだ。

業務効率化に特化したエンジニアとして顧問先の現場に入ると、こういう「慣れているだけ」の作業が必ずある。しかも厄介なのは、担当者本人がそれを非効率だと思っていないことだ。「ずっとこのやり方でやってきた」という事実が、そのやり方を正解に見せてしまう。

僕が最初に現場に入る時、よく「業務で一番大変なことは何ですか」と聞く。すると担当者の答えは、大抵「別に大変なことはないです」だ。実際に1日の作業を一緒に追ってみると、2〜3時間かかっている繰り返し作業が出てくる。「毎日やっているから感覚がマヒしている」という状態だ。

似た構図は経理だけではない。

  • 毎月Excelを各部署から集めて手作業で集計している
  • 問い合わせが来るたびに担当者がメールを一から書いている
  • 発注書・見積書を毎回テンプレートをコピーして手直ししている

どれも「回っている」。でも「楽に回っている」かというと、そうではない。担当者の時間を毎月かなり食っている。

「今の業務で回っているからITはいらない」という判断は、現状の非効率さに気づいていないだけかもしれない、というのが正直な見方だ。

「IT化」を誤解している会社が多い ── ツールを渡すことではない

「うちもIT化した。社員にChatGPTを使わせている」という話を最近よく聞く。

悪いことではない。ただ、社員がChatGPTを使いこなせていなければ、それは月3,000円の料金を払っているだけだ。「IT化した」とは言えない。

IT化の本質は、業務の中の「毎回同じ手順でやっていること」を自動化・仕組み化することだ。ツールを渡すことではない。

よくある誤解 IT化の正しい意味
社員にChatGPTを使わせた 特定の業務フローにChatGPTを組み込んで自動化した
クラウド会計ソフトを入れた 仕訳・照合・レポート出力を自動で行う仕組みを整えた
Slackを導入した 情報共有フローを再設計し、確認のためのメールや電話を削減した
電子署名ツールを買った 契約フローそのものを再設計し、紙の物理的なやり取りをゼロにした
Excelマクロを作った 繰り返し作業を自動化したが、毎回手動で実行が必要な状態のまま

「ツールを入れる」と「仕組みを作る」は別だ。ツールは手段に過ぎない。大事なのは、ツールを入れることで業務の流れ自体が変わっているかどうかだ。

僕が顧問先の会社に入る時に最初にやることは、ツールの提案ではない。「今この会社で、毎月繰り返している作業はどれか」を洗い出すことだ。そこが特定できて初めて、どのツールを使うかという話になる。

「ITを入れたのに変わらない」という会社に共通しているのは、「業務の流れをそのままにして、ツールだけ追加した」パターンだ。経費精算ツールを入れても、申請から承認の流れが紙ベースのまま変わっていなければ、ツールは「いつも使わない機能」になる。ツールが定着しない根本原因は、業務フローを変えていないことだ。

「ITを入れれば効率化できる」は正しいが、「とりあえずツールを入れれば効率化できる」は間違いだ。デジタルツール導入で失敗する4つのパターンと対策でも触れているが、ツールが定着しない最大の原因は「業務フローを変えずにツールだけ入れた」ことだ。

IT化しない会社に何が起きるか ── 5年後の話

「今は困っていないからいい」という判断は、今この瞬間だけで見れば正しいかもしれない。ただ、5年後を考えると話が変わる。

IT化した会社とそうでない会社の差は、今は小さい。しかし時間が経つほど開いていく。

IT化している会社 IT化していない会社
採用 「自動化が進んでいて残業少ない」を訴求できる バックオフィスの手作業が多く、採用で不利になりやすい
社員の定着 単純繰り返し作業が少なく、本業に集中できる 雑務が多く、疲弊して離職するリスクが高い
情報の蓄積 顧客・取引データが蓄積され、判断の材料になる 担当者の頭の中にしかなく、退職時にゼロになる
スケール 売上が増えても業務量は比例して増えない 売上が増えると人手も比例して増やさないと回らない
コスト 月額数万円のツール代で人件費の代替を実現 業務量に比例した人件費がかかり続ける

特に「情報の蓄積」と「スケール」は見落とされやすい。

担当者が1人でバックオフィスを回している会社で、その人が退職した時に何が起きるか。業務の手順が誰にも残っていない、というケースを複数回見てきた。引き継ぎに3ヶ月かかる、あるいは業務が止まる、という話だ。IT化が進んでいれば、業務はシステムの中に記録されていて、新しい担当者でも比較的短期間で習得できる。

もう1点、「売上が増えると業務量も増える」という問題がある。IT化していない会社は、仕事が増えるほど人を雇い続けなければいけない。IT化が進んでいれば、売上2倍でも人員は1.2倍で済む、という会社が実際にある。この差は年単位で蓄積すると、コストと競争力に大きな影響を与える。

「費用が高い」「社員が使えない」── よくある反論への本音

「IT化したいけど」という言葉の後に続く言葉で最も多いのが、「費用が高くて」と「うちの社員には無理で」だ。

両方に対してエンジニアとして答えると、どちらも的外れな心配だと思っている。

「費用が高い」について

クラウドツールは月額数千円から使えるものが多い。業務別に代表的な費用感を整理する。

業務 代表的なツール例 月額費用の目安
請求書・経費管理 クラウド会計ソフト 3,000〜8,000円
AIチャット活用 ChatGPT Plus 約3,000円(1アカウント)
社内情報共有 チャットツール 無料〜数千円
文書の電子化 電子署名・ストレージ 1,000〜5,000円
スケジュール管理 クラウドカレンダー 無料〜数千円

月1万円以下で複数の業務を改善できる。大きな初期投資は不要だ。

自社では月3.5万円のツール代で経理・請求書処理・コンテンツ制作・顧客対応・業務管理を回している。これは会社の規模から言えばかなり効率的な数字だと思っている。

「高い」と感じる場合、具体的にどのツールのどのプランが何円かを確認せずに「高い」と思い込んでいることが多い。試算してみると、月1万円以下で始められることが大半だ。

「社員が使えない」について

「うちの社員はITが苦手で」という声もよく聞く。これは裏返すと、「経営者自身が使い方を理解していない」という場合が多い。

ツールを使いこなすのが難しければ、使う場面を1つに絞ればいい。「毎月の請求書のPDF管理だけこのツールでやる」でも、その分の手間は確実に減る。全機能を使いこなす必要はない。1つの機能で1つの作業が楽になれば十分だ。

正直に言うと、僕は「社員がITに強い会社」よりも「経営者がまず自分で使ってみた会社」の方が定着率が高いと感じている。経営者が1週間自分で使ってみて「これは便利だ」と思えれば、社員への説明もリアルになる。逆に「なんかよく分からなかったけどやってみて」では、担当者も動けない。

中小企業で社員全員がITを使いこなす必要はない。担当者1人が使えれば、その業務は改善される。業務効率化は何から始める?最初の一歩を具体的に解説でも書いたが、最初の改善は「全社一斉導入」ではなく「1人・1業務・1ツール」が正しいアプローチだ。

自分がエンジニアとして実際に見てきた変化

業務効率化に特化したエンジニアとして顧問先の現場に入ることがある。変化が起きるのは、いつも同じパターンだ。

「この作業が毎月面倒で仕方ない」という具体的な不満から始めた取り組みは、ほぼ確実に改善につながる。逆に「効率化しなければいけない」という義務感から始めた取り組みは、なぜかうまくいかないことが多い。

理由は単純で、具体的な課題があると解決策も具体的になるからだ。「毎月末に請求書の突合せに3時間かかる」という課題があれば、「その3時間を何で減らすか」という問いになる。問いが具体的だと、ツールの選定も迷わない。

一方で「会社全体を効率化したい」という出発点だと、どこから手をつければいいか分からない。結果、何も始まらない。

自社でも同じだ。会社を1人で運営しながら、月30本のSEO記事を制作・公開できているのは、「記事の構成・執筆・校正・投稿」という作業を細かく分解して、それぞれをAIと仕組みで処理しているからだ。最初から「全部自動化」を目指したわけではなく、「この作業が1番時間かかって面倒だ」という順番に改善してきた積み上げだ。

月3.5万円のツール代で、1人では到底こなせない量のアウトプットができている。これは特別なことをしているのではなく、「毎回同じ手作業」を1つずつ仕組みに置き換えてきた結果だ。

僕が中小企業の経営者に「どこから始めればいいですか」と聞かれた時に、いつも「まず今週1番面倒だった作業を教えてください」と返すのはそのためだ。抽象的な「効率化」から始めると動けなくなる。具体的な「あの作業が面倒だ」から始めれば、次のアクションは自然に決まる。

ツールを使えば魔法のように業務が変わる、ということはない。ただ、「面倒だと思っている作業」を特定して、そこに適切なツールを当てれば、確実に時間は減る。これは僕自身が経験していることだ。

IT化を何から始めるか ── 「1つだけ選ぶ」手順

「じゃあ何から始めればいいの?」という話を最後にする。

手順はシンプルだ。

1. 毎月繰り返している作業を紙に書き出す

経理処理・請求書対応・採用関連の書類・報告書・議事録・メール対応……毎月必ず発生している作業を全部書き出す。5〜10個は出てくるはずだ。

2. 1つあたりの所要時間を書く

「月に何時間かかっているか」を横に書く。正確でなくていい。「だいたい月8時間くらい」で十分だ。

3. 所要時間が最も多い1つを選ぶ

月10時間かかっている作業が1つあるとする。それを半分の5時間に減らせたら、月5時間の余白が生まれる。年間60時間だ。それを本業に使える。

4. その1つだけに絞ってツールを探す

全社的な効率化は後でいい。まず1つの作業だけ改善する。2026年版|中小企業の業務効率化に使えるAIツールおすすめ10選でも業務別のツール例を整理しているので参考にしてほしい。

5. 3ヶ月試す

新しいやり方を試して、「楽になったか・なっていないか」を判断する。楽になったら次の作業に進む。楽にならなかったら別のツールを試す。

この手順を守れば、大きなリスクなく始められる。最初から全部変えようとしないことが重要だ。

以下の表で、よくある「最初の1つ」候補を整理しておく。

作業 月の目安時間 おすすめの最初のアクション
請求書の作成・管理 5〜15時間 クラウド会計で自動読み取り設定
メール文の作成 3〜8時間 ChatGPTにテンプレート入力させる
議事録作成 2〜6時間 文字起こしAIツールを試す
報告書・資料作成 5〜10時間 テンプレート化 + AIで下書き生成
採用書類の整理 3〜8時間 クラウドストレージで一元管理

「月5時間以上かかっている作業」が対象だ。それ以下の作業は後回しにする。まず大きい課題から削る。

まとめ:「必要かどうか」より先に、現状を確認してほしい

「うちにITは必要ない」という判断が正しい会社もある。本当に最適化されていて、担当者の負担も少なく、業務が効率よく回っている、という状態なら、無理に変える必要はない。

ただ、そういう会社はかなり少ない。ほとんどの場合、「困っていないのではなく、慣れているだけ」だ。

業務効率化に特化したエンジニアとして言えるのは、「何もしない選択のコスト」は見えにくい、ということだ。今月も同じ26時間が請求書処理に消えていく。今年も同じ担当者が同じ手作業を続ける。それが積み重なって5年後に「気づいたら競合より人件費コストが高い」という状況になる。

まずは自社の「月に繰り返している作業」を1つ書き出してみてほしい。そこから始まる。

関連記事

月15万円で、業務に組み込むまで対応。

大手コンサルが月50万円〜の領域を、月15万円で提供。
相談から導入、運用まで一緒に進めるAI顧問サービスです。

月15万円のAI顧問を見る →

読んで欲しい記事

AI顧問とは?中小企業向けサービスの仕事内容・費用感・向いている企業を整理する 1

AI顧問とは月額契約で業務にAIを組み込む伴走サービス。AI研修・AIコンサルとの違い、仕事内容の月次フロー、費用感、向いている企業・向いていない企業を業務効率化エンジニアが解説。

「AI顧問って怪しい?」中小企業が騙されないための見分け方 2

AI顧問サービスが怪しいと感じる中小企業経営者へ。明らかな詐欺から質の低いグレーゾーンまで、信頼できるサービスを見分ける具体的な方法を解説します。

AI顧問のROIを中小企業が計算する具体的な方法 3

AI顧問への投資対効果をどう測るか。SaaS導入と違う計算の構造、業務別の測り方、事前記録の重要性を業務効率化エンジニアが整理する。

-本音コラム