業務マニュアルを「作ろう作ろう」と言いながら、1年以上放置している会社を僕はよく見てきた。
担当者に「マニュアルを作っておいて」と頼む。2週間後に確認すると「まだ途中です」。1ヶ月後も同じ返事。頼んだ側も強くは言えない。本人は頭の中では全部分かっているのだが、文章にしようとすると何から書けばいいか分からなくなって手が止まる。
そしてある日、その担当者が辞める。
引き継ぎ期間は2週間。新しい人は「説明は聞いたけど全部は覚えられなかった」という状態で業務に入る。毎日「どうやるんでしたっけ」が飛んでくる。それを受け止めるのは別の誰かで、その人の仕事が止まる。
この循環を断ち切るのに、AIは今かなり使えるツールになっている。担当者のメモや口頭説明からドラフトを自動生成できる。文章化で詰まるポイントをAIが補完してくれる。
ただ、世間で言われているような「AIにプロンプトを投げたらマニュアルが完成」は、業務マニュアルには当てはまらない。自社の業務情報を渡す必要があるし、出てきたドラフトを担当者が確認する工程も必要だ。AIは「文章化の代行」であって「業務理解の代行」ではない、というのが僕の認識だ。
この記事では、実際に使える手順を順番に説明する。
そもそもなぜマニュアルが完成しないのか
「担当者に頼んでも進まない」の構造はほぼ共通している。
作れない理由
- 業務中に文章を書く時間を確保できない
- どの粒度で書けばいいか判断できない
- 完璧なものを作ろうとして、永遠に完成しない
使われない理由
- 保存場所が分かりにくく、誰も見に行かない
- 更新されないまま内容が古くなる
- 担当者がいる間は誰も読まないので、必要になった時には既に古い
AIを使うことで「作れない」は大幅に緩和できる。文章化の作業をAIが肩代わりするため、担当者がやることは「情報を渡す」だけになる。「使われない」はAIだけでは解決しない。マニュアルの保存場所と更新ルールをセットで決める必要がある。
AIマニュアル作成の全体像
工程は6つに分かれる。
- 優先順位をつけて対象業務を選ぶ
- 担当者にヒアリングしてメモを作る
- メモをAIに渡してドラフトを生成する
- ドラフトを担当者と確認・修正する
- 共有場所に保存してチームに共有する
- 更新ルールを決めて運用に乗せる
Step 1: 対象業務を選ぶ
全業務を一気にマニュアル化しようとすると必ず失敗する。「担当者が退職したら業務が止まる」業務から優先する。
判断基準はシンプルだ。
- 担当者が1人しかいない業務
- 月に必ず発生する定型業務(月次経理処理、給与計算など)
- 新しい人が入った時に一番説明が長くなる業務
これに該当する業務を3〜5個選んで着手する。最初から20業務のマニュアルを作ろうとしない。3個完成させてから次に進む方が確実に前に進む。
「何から手をつけるべきか」の優先順位付けについては業務効率化は何から始める?最初の一歩を具体的に解説も参考にしてほしい。
Step 2: 担当者にヒアリングしてメモを作る
AIに渡すのは「業務の情報」だ。情報なしにAIに「マニュアルを作って」と頼んでも、汎用的な文章しか出てこない。ここが重要なポイントで、多くの人がこの工程を省いて「AIは使えない」と判断してしまう。
ヒアリングの方法は2つある。
方法A: 口頭ヒアリングをそのまま文字起こし
担当者に業務を話してもらいながら録音する。録音にはiPhoneのボイスメモが一番手軽で、そのままNotionのAI文字起こし機能に貼れる。TeamsやZoomで録画して自動文字起こしを使う方法でも問題ない。話した内容がテキストになったら、それをChatGPTやClaudeに貼り付けて「手順書の形式に整理してください」と頼めばドラフトが出る。
方法B: 箇条書きメモをAIに渡す
担当者に「この業務を箇条書きで書いてください。完璧でなくていい」と頼む。「1. ○○を開く、2. ○○に入力する、3. ○○を確認する」という形の粗いメモで十分だ。このメモをAIに渡して整形してもらう。
僕が実際に試してみると、箇条書きメモの粗さはほとんど関係なかった。「Aシステムにログイン→Bの数字確認→Excelに転記→確認メール送信」くらいの粒度でも、AIがそれなりのドラフトを返してくる。担当者への依頼は「粗いメモでいい」と伝えることが大事で、「文章で書いてください」と頼むから着手が止まる。
Step 3: AIでドラフトを生成する
以下のプロンプトをそのまま使える。自社の情報を埋めて送るだけでいい。
ドラフト生成プロンプト
以下の情報を元に、業務マニュアルの下書きを作成してください。
【業務名】
[業務名を入力]
【業務の概要】
[担当者から聞いた業務の概要]
【手順のメモ】
[担当者から収集した箇条書きメモをそのまま貼る]
【想定読者】
入社3ヶ月の事務担当者が一人で実行できる粒度で書いてください。
【出力形式】
- 見出しをつけて段落を分ける
- 手順は番号付きリストで書く
- 判断が必要な分岐は「〜の場合は〜、〜の場合は〜」の形で明示する
- 確認が必要なポイントは「注意」として明記する
このプロンプトで出てきたドラフトは「80点の素材」だ。現場の細かい例外処理や会社固有のルールは入っていない。次のステップで担当者が確認して補完する。
「想定読者を入社3ヶ月の事務担当者に設定する」のは意図的だ。この粒度で書くと、経験者には冗長に見えるが、実際に使うのは分からない人なので必要な情報が全部入る。
「判断が必要な分岐を明示する」という指定も重要で、ここに担当者の暗黙の判断基準が現れる。「Aの場合はB、Cの場合はD」という形で整理されることで初めて、引き継ぎが成立する。プロンプトにこの指定がないと、AIはハッキリしない曖昧な手順を書いてくる。
ChatGPTとClaudeの使い分けについてはChatGPTを実務で使う方法|中小企業向け具体的な活用例で整理しているので参考にしてほしい。業務プロンプトのテンプレートを複数まとめた業務でそのまま使えるプロンプトテンプレート10選もあわせて確認してほしい。
Step 4: 担当者が確認・修正する
AIが生成したドラフトを担当者に渡して確認してもらう。「全部確認して修正してください」と頼むと何もしてもらえないことが多い。確認してほしい箇所を具体的に3点に絞る。
- 手順の順番が合っているか
- 「この場合はどうする?」という例外が抜けていないか
- 社内用語・ツール名が正しく書かれているか
修正が終わったら、そのフィードバックをAIに渡して再生成する。「以下の指摘事項を反映してマニュアルを修正してください」と頼めば反映される。人間がやることはフィードバックを渡すだけで、文章の書き直しはAIがやる。この分業が肝心だ。
Step 5: 共有場所に保存する
完成したマニュアルはチームがアクセスしやすい場所に置く。よく「NotionかGoogleドライブどちらがいいか」と聞かれるが、正直なところどちらでも構わない。
すでにGoogleを使っている会社なら、新しいツールを入れるより既存のドライブにフォルダを作った方が早い。定着している場所に置く方が確実に使われる。新しくツールを入れるならNotionの方が検索性が高く、業務別・部署別の階層管理がしやすい。
| Googleドライブ | Notion | |
|---|---|---|
| 初期コスト | ゼロ(Googleアカウントがあれば使える) | 無料プランあり(チーム利用は月額発生) |
| 検索性 | フォルダ名とファイル名で検索 | 全文検索が強く、タグ管理も可能 |
| 向いている会社 | すでにGoogleを日常使いしている | 新しくナレッジベースを整備したい |
| 向いていない会社 | フォルダ構造が複雑になりやすい | ツールへの慣れに時間がかかる |
保存先より重要なのは「誰でも5秒以内に見つけられるか」だ。どこにあるか分からないマニュアルは存在しないのと同じだ。保存場所を決めたら、全員に周知する。
Step 6: 更新ルールを決める
ここが最も見落とされやすい工程だ。更新ルールを決めずに公開して、1年後に全部古くなって廃止される。これが僕がいくつかの会社で見てきたマニュアル整備の末路だ。
マニュアルの陳腐化は静かに進む。ツールがアップデートされてメニューの場所が変わる、社内フローが変更になって承認経路が変わる。そういった変更を反映しないまま半年が経つと、「マニュアルを見たけど画面と違う」という状態になる。そうなると誰もマニュアルを見なくなる。
更新ルールのシンプルな設計:
- そのマニュアルを使って業務をした担当者が、手順が変わった場合にその場で更新する(責任者を1人明確に決める)
- 四半期に一度、担当者が「古い内容がないか」をチェックする30分を確保する
- 更新した場合はチームに一言連絡する(「経費精算のStep3を修正しました」等)
四半期チェックは単独のタスクとしてカレンダーに入れておく。「気づいた時にやる」は実行されない。僕がよく見る失敗は、更新ルールを口頭で決めただけで共有ドキュメントに書いていないパターンだ。ルール自体もどこかに書いておく。
「誰かがやる」は「誰もやらない」になる。責任者と頻度を明確にするだけで、マニュアルの寿命は大幅に変わる。
AIで作れる部分・作れない部分
AIがドラフト生成に使えることは確かだが、できないことも明確にしておく。
AIが得意なこと
- 口頭説明や箇条書きメモを読みやすい文章に整形する
- 見出し・番号・表形式に自動変換する
- 複数の手順メモを統合して一貫した構成にする
AIが苦手なこと
- 会社固有の例外ルールや社内の暗黙のルールを自動で拾い上げる(情報として渡さなければAIには分からない)
- マニュアルの構成設計(「どの業務から作るか」「どの粒度で書くか」の判断は人間が行う)
- 完成後の運用(保存場所の設計、更新ルールの定着は仕組み化が必要)
よく「AIにマニュアルを全部任せればいい」という話を聞くが、業務マニュアルに関してはそれは難しい。AIは「文章化の代行」はできるが「業務を理解して設計する」はできない。担当者が業務を理解していることが前提で、その理解をテキストに変換する工程だけAIが引き受ける形が現実的だ。
「AIで何ができるか」の判断や、社内への定着まで含めて設計が必要な場合は、AI顧問を活用するという選択肢もある。詳しくはAI顧問とは?中小企業が知るべきサービスの全体像と費用相場を参照してほしい。
セキュリティの注意点
1点だけ必ず守ってほしいことがある。
顧客の個人情報・取引先の社名・契約金額・社外秘の数字はAIに貼らない。
業務メモを作る段階で「個人名は○○さん」「金額は〇〇円」と書かずに「顧客名」「金額」と置き換えてからAIに渡す習慣をつける。
ChatGPTやClaudeのTeam・Enterpriseプランを契約すれば入力データがモデルの学習に使われない仕様になっているが、個人プランで業務利用している会社では特に注意が必要だ。
マニュアルに機密情報が含まれる場合(例: 取引先との特別な価格条件など)は、その部分だけ社内で直接記入する。
70点で完成させる
「もう少し詳しく書いた方がいい」「この例外も書かないといけない」と考えているうちに、何ヶ月も経ってしまう。
AIを使ってドラフトを出し、担当者が確認したら70点でいいから公開する。実際に使われ始めて初めて「ここが足りない」「この説明では分からない」という具体的なフィードバックが来る。それを反映して80点、90点に育てていく。
完璧を目指して何ヶ月もかけて完成させる方法と、70点で公開して現場からフィードバックをもらいながら改善する方法では、後者の方が結果として精度が高いものができる。
マニュアルの基本的な考え方については業務マニュアルの作り方|70点で完成させる実践的な方法にまとめているので、あわせて読んでほしい。
手順の整理
業務マニュアルをAIで作成するためにやることをまとめると以下になる。
- 担当者が1人の業務・月次定型業務を優先対象として選ぶ
- 担当者の口頭説明か箇条書きメモを収集する(粗くていい)
- 本記事のプロンプトに業務情報を入れてドラフトを生成する
- 担当者が3点(順番・例外・用語)を確認して修正する
- Notion/Googleドライブなど見つけやすい場所に保存する
- 更新ルール(誰が・いつ更新するか)を決めてから公開する
AIを使えばドラフト作成の工数は大幅に減る。ただし「業務情報を渡す」「担当者が確認する」「更新を維持する」という人間の工程は残る。
担当者が辞める前に着手しておくのが原則だ。「そのうちやろう」と思っているうちに退職の話が出てからでは遅い。