「ChatGPTを全員に使わせようとしているが、半数以上がほぼ触っていない。何人かに聞くと"使い方が分からない"と言う。」
こういう状況について相談を受けることが増えた。経営者の目には「うちの社員はAIを使いこなせない」という一つの問題として映る。でも、「使いこなせない」という言葉の中には、実際には複数の異なる状態が混在している。
状態が違えば対応も変わる。「使いこなせない」を一律に「研修で解決しよう」とするのが、多くの場合うまくいかない理由だ。
僕は業務効率化に特化したエンジニアとして、中小企業のAI活用を支援するなかで、この「社員が使えない問題」を繰り返し見てきた。同じ会社でも社員によって「使えない」の中身は違う。その違いを先に整理してから対処しないと、問題が解決しないまま時間だけが過ぎる。
「使いこなせない」には4つのパターンがある
社員がAIを使えていない時、その状態は大きく4つに分類できる。
パターン1:何に使えばいいか分からない
「会社から使えと言われたのでアカウントは作った。でも日々の業務でどこで使えばいいのか分からない」という状態だ。
この人はAIに対して否定的ではない。むしろ「使えるようになりたい」と思っている場合すらある。ただ、自分の業務の中に「これをAIに頼めばいい」という接点が見えていない。
AIは汎用的なツールだが、「汎用的に使って」と言われると却って使い方が分からなくなる。使う業務を誰かが指定しない限り、このパターンの人は延々と迷い続ける。
パターン2:使ってみたが期待した出力にならなかった
「試してみたが、使えないものが返ってきた。自分には向かないと思った」という状態だ。
このパターンに陥るのは、プロンプトの書き方を知らずに試した場合がほとんどだ。「議事録を要約して」と打ち込んでも、要約してほしい議事録のテキストを一緒に貼り付けていなかったり、アウトプットの形式を指定していなかったりすれば、使えない結果になる。
失敗経験が早い段階で積み重なると「自分はAIが向かないタイプだ」というセルフラベルが貼られてしまう。その後は何かのきっかけがない限り、自発的に試し直すことはない。
パターン3:操作に詰まっている
アカウントの作り方、ブラウザの設定、企業向けプランへの切り替えなど、ツールを使い始めるための操作自体に躓いている状態だ。
「ITリテラシーが低い」という言葉で済まされがちだが、実際には「初めての操作で詰まっているだけ」という場合が多い。誰かが一緒に画面を見ながら設定を進めれば、それだけで解決することも珍しくない。
問題は、詰まった時に「誰に聞けばいいか分からない」という状況が放置されることだ。聞ける人がいなければ、詰まった状態のまま止まる。
パターン4:使いたくないという意識的な拒否
「仕事をAIに取られるかもしれない」「個人情報が外に出るのが不安」「自分の仕事が評価されなくなる」など、何らかの理由で積極的に使おうとしていない状態だ。
このパターンの人に「使いなさい」という指示を出しても、表面上は動いたふりをしながら実際には何も変わらない。懸念の中身を理解しないまま押し付けても逆効果になる。
パターン別の対応
パターン1への対応:使う業務を会社が決める
「何に使えばいいか分からない」という問題は、社員ではなく会社が解決する問題だ。
「このポジションの人は、この業務でAIをこのように使う」という設計を会社が作って渡す。たとえば「毎週月曜の週次報告の下書きはAIで作る」「顧客への返信メールの初稿はAIに書かせる」という形で、業務と使い方をセットで指定する。
これをやると、パターン1の人は「毎週月曜にAIを使う」というルーティンができる。最初から自分でユースケースを考えさせるより、ハードルが大幅に下がる。
使う業務の選び方については、「社内でAIが定着しない理由と定着させる方法」として別記事で詳しく整理しているので、ここではその判断基準の説明は割愛する。
パターン2への対応:プロンプトを先に渡す
「試したが使えなかった」という体験をした人には、プロンプトのテンプレートを渡すことが最初の一手だ。
ゼロからプロンプトを考えさせると、最初はまた失敗する。一方、「このテンプレートに業務内容を当てはめて使ってください」という形で渡せば、初回から機能するアウトプットを得やすい。1回うまくいった体験が、次のプロンプト改善の動機になる。
業務別に使えるプロンプトは事務作業に使えるAIプロンプトテンプレート集でまとめている。自社の業務に近いものを選んで渡すと即戦力になりやすい。
パターン3への対応:詰まっているポイントを会社が解決する
操作で詰まっている場合は、「自分でなんとかしてください」と放置しないことが基本だ。
IT担当が社内にいれば、一緒に画面を開いて設定を進めるだけで解決することが多い。IT担当がいない場合は、外部のAI導入支援者を頼むか、詰まっているポイントを書き出させてオンラインで解決方法を共有するといった対応が現実的だ。
操作の詰まりは放置すると「自分にはAIが使えない」という判断に変わってしまう。技術的な壁は早期に取り除いたほうがいい。
パターン4への対応:懸念の中身を先に聞く
積極的に使おうとしていない社員がいる場合、まず懸念の内容を聞くことから始める。
「仕事が奪われるかもしれない」という不安に対しては、どの業務でAIを使う予定で、自分の仕事がどう変わるかを具体的に説明する必要がある。「個人情報が外に出る」という懸念には、会社がどんなルールでAIツールを使うかを示すことが必要だ。
懸念が合理的なものであれば、それは会社が整理していなかったことが原因だ。生成AIの社内利用ポリシーの作り方と情報漏洩を防ぐ社内ルールでポリシー整備の手順をまとめているので、まずここを整えるきっかけにもなる。
懸念が感情的なものであれば、強制するより経営者や管理職が自分でAIを使っている様子を見せることが効果的だ。「社長も使っている」という事実は、言葉による説得より現場の行動を変えやすい。
なぜ全体研修では解決しないか
「AIが使えない社員が多いから、全員向けの研修をやろう」という判断をよく見る。研修はパターンを混在させたまま一律の内容を提供するため、多くの場合効果が薄い。
パターン1(何に使えばいいか分からない)の人に、プロンプトの書き方を教えても状況は変わらない。その人に必要なのは「あなたはこの業務でAIを使う」という設計だ。
パターン4(使いたくない)の人は研修の場では黙って聞いているが、会場を出たら何も変わらない。懸念を表明できる場がなければ、拒否感は解消されない。
研修が有効なのは「プロンプトの書き方を知りたい」という状態(パターン2の初期)の人だけだ。4つのパターンを先に把握してから、誰に何を提供するかを決めたほうが投資対効果が高い。
社内展開の現実的な順序
会社全体でAIを使える状態にするための順序は、次のようなものが現実的だ。
1. まず1人、使いこなせている人を作る
最初から全員を動かそうとしない。1業務・1担当者に集中して、「この人は確実にAIを使えている」という状態を作ることが先決だ。
2. その1人の使い方をテンプレート化する
「どのプロンプトを、どの業務で、どう使ったか」を言語化して社内に共有できる形にする。テンプレートがあることで、他の社員は「真似するだけ」の状態から始められる。
3. 他の社員のパターンを診断して個別対応する
テンプレートを渡してもうまくいかない社員が出てきたら、そこで初めて個別に「どのパターンか」を診断する。パターンに応じた対応を加える。
4. 全体の底上げより先進者の横展開を優先する
全員を一気に底上げしようとすると動けなくなる。先に「使えている人」を広げていく方が、結果として全体の水準が上がるのが早い。
AI活用がうまくいく会社との違い
社員がAIを使いこなせている会社は、最初から「全員に自発的に使わせよう」とは思っていないことが多い。
「この業務でこう使う」という設計を会社がしていて、使えている社員の事例を積み重ねて、その事例を共有することで徐々に広がっている。
うまくいかない会社との差は、社員のITリテラシーでも意識の高さでもない。「使う設計を会社がするか、社員に任せるか」の違いだ。
まとめ
「社員がAIを使いこなせない」という問題は、次の4パターンに分けて考える。
- 何に使えばいいか分からない → 使う業務を会社が設計して渡す
- 使ったが期待通りにならなかった → プロンプトのテンプレートを渡す
- 操作で詰まっている → IT担当か外部専門家が一緒に解決する
- 使いたくない → 懸念の中身を聞いてから対応する
一律の研修では4つのパターンに同時に対応できない。パターンを把握してから対処することが、遠回りのように見えて最も早い。